<十九>
アルガの二十日、朝。
「ここまでにしよう。」
昨日の大騒動から一夜明けて、改めて顔を合わせた宿の部屋で。
それが開口一番、ヒュームの言葉だった。
もともと弟子の動向を探るためにディー達を呼んだのだ。
その弟子も死んだ。邪神崇拝だけではなく、とんでもない化け物まで出てきた。
これだけの騒ぎが起きたのだ。この後は王室が出てくるだろうし、個人にできることはたかがしれている。
何よりこの先は危険すぎる、そう判断したのだ。
ヒュームにはシュメルに戻ることを促された。
きちんと依頼修了の報酬も支払われた。危険手当ということで約束より二割増しの額だったが、二人は内心不満だった。
金額に対してではなく、ここでこの件に関わるのが終了することに対してだった。
しかし、雇い主の意向である以上、それ以上何も言うことはなく、二人はヒュームと別れた。
「…けど、今後、勝手に動くのは…。」
「私たちの自由よね。」
ヒュームが去った後、顔を見合わせて頷きあう二人。
朝食を取り終わると早速、情報収集に出かけた。
向かったのは「破風の窓亭」。
そこで情報が買えることを今回の調査の件で既に把握していたからだ。
「蝶が求める花は何処?」
「レンゲの花か、バラの花か?」
「バラの花。」
ヒュームに知らされていた符丁を告げると、宿の女主人である老婆は、宿の片隅に座っている女を指し示した。
「何が知りたいのかしら。」
目の前に座ると、女はいきなり尋ねてくる。
二人も単刀直入に用件を話した。
「邪神崇拝者がいる場所が知りたいの。」
その問いに女は少し考える仕草をしたが、告げたのは
「銀貨10枚。」
という返事だった。
相場よりかなり高かったが、ディーが黙って女の前に銀貨10枚を置く。
それを手品のように素早く仕舞うと、女は笑顔を見せて話し始めた。
「貧民街の奥に『廃教会』があるんだけどね…。」
その話を要約すると次のような内容であった。
曰く、その廃教会は時折邪神崇拝者が儀式をしている。
曰く、しかしその『噂』はどうも自分達を探ろうとする者に対しての罠らしい。
曰く、その罠に引っかかった者がいる。(わざとかもしれないが)
曰く、その者を排除するために確実にその場に関係者が現れる。
そして最後にこう付け加えた。
「…で、今、其奴が『廃教会』に向かってるわけ。」
正に時間との勝負の情報だった。
「その『廃教会』の場所は?」
フィリアが尋ねると、その答えは二人の後ろからもたらされた。
「銅貨7枚で案内するよ?」
そこでニコニコしながら手を出していたのはこのあたりを縄張りにしている貧民街の少年、チコだった。
フィリアが女に眼で問うと、黙って肩をすくめてみせる。その値段では情報は売れない、ということだろうし、少年の横槍を気にしていない、という証でもあった。
よく見ると女の目には少年に対する親しみすら見えている。これで、この抜け目のない少年はこの界隈の住人から好意的な目で見られているのだろう。
「わかった、お願いするわ。」
チコに向かってそう答えると、銅貨を彼の手に渡し、二人は席を立った。
「毎度ありぃ!」
嬉しそうなチコの声と共に、「破風の窓亭」を出て行く二人。
その二人の背を女主人の皺に埋もれた眼が見送っていた。
フィリア達が思わぬ再会を果たすのは、その十数ピン後のことである。




