<三十三>
難産でした。
ガーディアンとの闘いは、蛇足になりそうだったので無しにしました。
ずっと戦闘シーンだったので。
ディーが目覚めたとき、既にシィンも、風追い人のメンバーも目覚めていた。
「目が覚めた?」
そう声をかけたのはケイト。
「…此処は?」
自分のいる場所が一瞬判らなかったディーが呟く。
「宝物庫の前だ。」
その呟きに返事を与えたのはシィンだった。
返事があると思っていなかったディーは、一瞬驚いたように目を見開いた。
そんなディーに横からカップに入った水を差しだしてくれたのはシャリーだった。
カップを受け取って水を含むと、喉から全身に染み渡るような心地よさが広がる。
それから気が付いたように、
「あのガーディアンは?」
と尋ねた。
今度の問いには複数の回答があった。
「目覚めた時には砕け散っていたよ。」
「どうやら、あれが罠も兼ねていたようです。」
「戦わずに済んで助かったわ。」
そんな応えをぼんやりと聞いていたディー。
と、自分の経験した悪夢を思い出して、そっと胸に手を当てた。
それを見たシャリーが心配をして、
「痛むのですか?」
と尋ねた。
ディーの胸の中に消えていった後悔。それが未だ胸を微かに刺すような気がしていた。しかし、シャリーの問いには微かに首を横に振って否定を返した。
「そうですか。」
それきりシャリーは何も訊かなかった。
その優しい沈黙にディーは感謝した。
その想いが言葉となったのかも知れない。
「…呼ぶ声が聞こえた。」
言葉を舌の上に載せた。
「わたしにも『声』は聞こえたわ。」
側からケイトがぽつりと呟く。
「儂にも、な。」
「俺にも聞こえたぞ。」
聞けば各々が「声」を聞いたらしいことがわかった。
「きっと、こいつの『声』だな。」
と、自分の剣に触れながらカイトが言う。
風追い人の面々の言葉を総合すると、どうやら精霊王の加護を受けた武器から「声」が聞こえたらしい。
しかし自分を呼んでいたあの声は何だったのか?
加護というより、懐かしい人から呼ばれたように感じたのに…。
そう思いながらも、きっとあれが加護だったのだろう、と自分を納得させる。
と、そこでシィンが先程より声を出していないことに気づく。
「…シィンさんは『声』が聞こえたの?」
その問いにシィンは答えることなく、宝物庫の扉に向かう。
「先程から、どうやっても宝物庫の扉が開かないのです。」
ディーに告げたのは、シャリーだった。
と、ディーは立ち上がってシィンに近づいていく。
『…こっち』
と誰かに呼ばれたような気がしたのだ。
そのままシィンの横に立つ。
扉は何も飾りがない、黒い金属のような材質でできていた。
錬金術を修めたディーの知識にも、このような材質は無かった。
思わず真剣な眼で眺めていると、
「真銀と金剛鉄の合金だ。」
とシィンが告げた。
「…え?」
ディーの知識ではそれは2つとも伝説級の金属であった。
「嘘…。そんな貴重な物の合金なんて…。」
どのような存在が、そんなことを可能にするのか。思わずディーの身体が震えた。
「破壊するのはほぼ不可能。しかし、開ける仕掛けも見あたらん。」
「…手がかりは…無い?」
「扉の上に文字がある。読めるが…意味が分からん。」
「…?、どういう事?」
「書かれている文字は精霊語。此処を創ったのはノームの魔術師だったから、不思議じゃない。書かれている言葉は『MTMS=MNNM=TBRHHRK』だ。」
「精霊語は分からない。どういう意味?」
「『MTMS』は必要、『MNNM』は限る、『TBRHHRK』が開く、です。」
後ろからいつの間にかシャリーが話に加わってきた。
「合い言葉か、とも思ったが、唱えても何も起こらん。」
「現状は手詰まり、と言ったところです。」
それを聞いてディーも考えてみる。
(仕掛けは見あたらない、扉は破壊不能、読めるけど分からない言葉…。)
「よく分からないけど…やっぱり言葉が鍵のような気がする。」
「何が『必要』なんでしょうね?」
「何を『限る』のか…。」
(まだ必要な物がある?これだけ迷宮を回り、全ての試練の間を越えてきたのに?)
ディーはそこに引っかかりを感じた。
「シィンさんは…この迷宮用のアイテムを持ってたはず。それは使った?」
「ああ、このペンダントも駄目だった。」
シィンが胸元からペンダントを取り出し、掌に載せる。
それを見たディーは、何故だかそのペンダントに心が惹かれた。
つ、と手を伸ばしそのペンダントに触れる。
指先がペンダントに触れた瞬間、淡い光が生まれた。
と同時にペンダントに触れていたシィンとディーの精神だけに『声』が響いた。
『MTMS=MNNM=TBRHHRK、求めし者だけ開かれん』
気がつくと光は消え、変わりに驚くべき変化が目の前で起きていた。
固く閉じられていた扉が、いつの間にか人一人通れるほどの幅に開いていたのである。 「求めし者だけ開かれん、か。」
「何です?」
「ディーがペンダントに触れたとき頭に響いた。」
「…私も聞いた。」
それを聞いたシャリーが少しの間、黙考する。
(…かもしれません、ね。ならば…やはり…。)
それから2人に向き直ると、自分の考えを告げた。
先程の罠から考えても、この迷宮は人の精神を読み取ることができる。
そしてこの迷宮の宝物庫に用事があるのはシィンとディーの2人のみ。
風追い人はシィンの護衛、補助であって、迷宮の宝物を求めてきたわけではない。
シィンは剣を求めて。
ディー達は何があるのかを知るため。
求める物は違うが、この先に進む資格があるのは2人だけということになる。
だから鍵が2人そろって初めて反応したのだろう、と。
「目的の違い…。」
「確かに妥当な考えではある。」
「というわけで、この先は2人だけで進んでください。」
「シャリー達は行かないの?」
「行けません。」
そう言うとシャリーが扉の方に手を伸ばす。
シャリーの予想通りのことが起こった。
扉が閉じたのである。
「ね、だから2人だけなんです。」
そう言うと、軽く微笑んでシィンに向かって
「シィンさん、ディーさんのエスコートをお願いしますね。」
と声を掛けた。
それから2ピン後、風追い人の一行に見送られながら、シィンとディーの2人は扉の中に足を踏み入れた。
※真銀、金剛鉄とも現在のエルシューン大陸では殆どその製法が失われている金属である。ノームの魔術師には密かに伝えられているとも、他の大陸の奥地の遺跡に眠るとも言われているが、その真偽は定かではない。それぞれ単体でもかなりの効果を持つ金属(真銀は魔力を持ち、軽く、強靱な弾性を持つ。また金剛鉄は金剛石ですら切り裂く硬度を持つ。)だが、合金にした場合殆ど破壊不能の金属(両方の特性を兼ね備えるため)となる。(同じ合金でできた武器なら傷つけることは可能。)
ディー…。頑張りすぎだと思う。
この話限りのチョイ役だったはずなのに。




