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Watch ~監視者~  作者:
「精霊の迷宮」
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<二十五>

結局、ケイト編が先になりました。

 ケイトの目の前に立ち上がったのは男だった。

 (見覚えがある?)

 その男はニタニタと嗤いながらケイトを眺める。

 「また会ったな、お嬢ちゃん。」

 その声、その表情。

 確かに憶えている。

 (何時?何時出会ったのだろう?)

 それをなぜだか想い出したくは無い、という気持ちと想い出さなければいけない、という気持ちが両方湧き起こり、ケイトは混乱を憶えた。

 思わず、男に向かって

 「あんた、誰よ?」

 と問い返す。

 男はその問いには答えず、下卑た嗤いを顔に貼り付けたまま

 「今度こそ、可愛がってやるぜぇ。」

とだけ言った。 

 その言葉を聞いた瞬間、記憶が蘇った。


 それはケイトが兄のカイトと別れて受けた初めての依頼の時だった。

 カイトが長期の依頼で出かけ、ケイトは留守番になった。その間に小銭を稼ごうと、臨時で別のパーティと討伐依頼を受けた。内容は近場に住みついたゴブリン退治という、ごくありふれたものだった。

 当時、ケイトは冒険者に成り立ての15歳。

 まだまだ世間知らずだった。

 自分が他の男から、どのように見えるのか、そんなことは考えたこともなかった。

 そこを考えていたら、男ばかりのパーティに参加しようなどとは考えなかっただろう。

 例え男ばかりだとしても、相手の評判を確かめてからにしていただろう。

 たまたま、兄の所属していたパーティは優秀だったことがこの時は災いした。

 それを冒険者パーティの「標準」だと思っていたのだ。

 だから、そのパーティの中の一人が、自分のことを「特別な」目で見ていたことに気づけなかった。

 そして、それは依頼からの帰りに起きた。

 拠点の街にあと少しで着く、という最後の休憩地点。

 小用を足そうと、パーティのいた場所から少し離れた場所に行った。

 そこは世間知らずとはいえ、さすがに異性の側で小用を足す気にはならなかったのである。街道が近いこともあり、危険はない、という事もあってケイトはすっかり油断していた。そのケイトをあの男は追いかけてきたのである。

 いきなり突き飛ばされた。

 たまらず、地面に転がってしまうケイト。

 何が起きたのかも分からず、混乱したまま振り返る。

 そこに男がいた。思わず男の名前を呼んだ。

 「ビ…ンスさん?」

 ケイトは訳が分からなかった。そのケイトに男が声を掛ける。

 「お嬢ちゃん、可愛がってやるぜぇ。」

 (可愛がる?どういう事?まさか…!)

 ケイトの思考に「その」可能性に思い至った瞬間、言い様の無い恐怖に身が竦んだ。

 震えるケイトに男が近づいてきた。

 地面に押し倒されるケイト。

 男にはもう、ケイトは恐怖で何もできないように思えていた。

 事実、ケイトは恐怖に囚われていた、が同時に兄の言葉を想い出していた。

 「最後まであきらめないのが冒険者だ。」

 信頼する兄の言葉。それが、彼女に尖った木の枝を掴ませたのかもしれない。

 力を抜いたケイトに安心した男の目に、最後に映ったのは尖った木の枝の先だった。

 「グォアアッ!」

 獣のような悲鳴を上げて転がる男。その目には木の枝が生えていた。

 荒い息をついて起きあがるケイト。

 怒りにまかせて立ち上がろうとする男は、しかし既に運が尽きていたのだろう。

 痛みに気を取られ、木の根に躓き再び転倒する。

 と、身体がビクビクッと2、3度痙攣すると動かなくなった。

 倒れた拍子に、目に刺さっていた枝が脳まで達したのだ。

 その様子をケイトは呆然と見つめていた。


 『お嬢ちゃん、可愛がってやるぜぇ。』

 

 そうだ、確かにあの時、この男はそう言った。

 そして、その言葉に自分は恐怖した。

 あの時は抵抗する気力もなく、その場にへたり込んでしまったんだ。

 男は、そんな自分に近づいてきて肩に手を掛けてきた。

 だから、わたしは…。

 コノオトコヲ、コロシタ…。


 いつの間にか恐怖おとこの左目からは、あの時と同じ枝が生えている。

 目から血の涙を流しながら恐怖おとこが近づく。

 自分の身体から、あの時と同じように力が抜けていく。

 手が、足が鉛になったように重い。

 逃げ出したい、この恐怖おとこから。

 身体が動かない。

 お願い、動いて!

 「い、嫌…。」

 普段のわたしからは考えられない弱々しい声が漏れる。

 あの恐怖おとこはわたしを見て嗤っている。

 わたしを蹂躙しようとしている。

 わたしには、もう、何もできない…。

 

 怯えるケイトの様子を楽しむように嗤いながらジリジリと近づく恐怖おとこ

 目の前の恐怖おとこを払いのけるように、ケイトの腕が力なく振られる。

 足がもつれ、その場に転んでしまうケイト。

 転んだ拍子に肩から弓が落ちる。

 無意識にその弓を掴むケイト。

 ケイトの心の中を一陣の風が吹き抜けた。


 『最後まであきらめないのが冒険者だ。』

 

 それはあの時のわたしを救った兄の言葉。

 その言葉が、突然想い出された。

 そうだ、あの時もあきらめなかった。

 あの言葉があったから、今のわたしがある。

 わたしは冒険者。

 「…あきらめないわよ、絶対。」

 自分で自分に発破を掛ける。

 絶対に恐怖おとこなんかに負けない。

 「無駄な抵抗をするつもりかい、お嬢ちゃん。」

 嗤いながらさらに近づく恐怖おとこ

 来るなら来い。

 そう思いながらわたしは矢筒から一本の矢を取り出し、弓につがえる。

 「そんなものでは、俺は倒せないぜ。」

 そう嘲る恐怖おとこ

 そうかも知れない。

 この恐怖おとこに、矢など通用しないかも知れない。

 心臓が鷲掴みにされたよう。

 苦しい。息ができない。

 でも。

 わたしはあきらめない。

 恐怖おとこを見つめる。

 ただ、一心に狙う。

 左手の弓が、脈動している。

 これは鼓動?

 弓がわたしと一つになっている。

 『大丈夫だよ、マスター。』

 心に「声」が響く。

 その「声」に後押しされるようにわたしは矢を放った。

 矢が飛ぶ。

 その軌跡は、なぜだかゆっくり見えた。

 飛ぶ先は一点。

 恐怖おとこの左目。

 そこに一筋のが吸い込まれた。

 「グォアアッ!」

 あの時と同じような声を上げて恐怖おとこが倒れる。

 矢が突き刺さったところから黒い粒になって消えていく恐怖おとこ

 「ありがとう、兄貴。」

 (ちゃんとあきらめなかったよ。)

 その言葉に肯くかのように、左手の弓が震えた。

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