<二十四>
ファーサイトの目の前にいたのは隣村の男だった。
ファーサイトの故郷は、シュメル王国の辺境にある獣人族の村であった。
そして男のいた村もまた獣人族の村だった。
男のいる村とファーサイトの村はそれなりに交流があった。
そしてその交流の中であの事件は起きた。
まだ成人していなかった頃、ファーサイトは目の前の男に会った事があった。
「久し振りだな、坊主。」
耳障りなその声。
男は隣村でも鼻つまみ者だった。
力だけが強く、それなりに魔獣から村を守ってもいた。
しかし、それを鼻にかけ粗暴な行いが目立っていた。
そして、慢心した男はファーサイトの村でも同じような行動をとった。
その結果、ファーサイトの弟は大怪我を負った。
力が強かった男に、村の誰もが文句を飲み込んだ。
いや、自分の父親は立ち向かった、が…。
村で一番の戦士だった父親も、男には敵わなかった。
血塗れになった父親を踏みつける男。
その様子にファーサイトの村の者は沈黙するしかなかったのだ。
だから、ファーサイトは…。
「あの時は世話になったなぁ。」
そう語りかける男。
いつの間にか、その首から血が流れ出している。
「痛かったぜぇ、この傷はよぉ。」
首にパックリと開いた傷。あれは俺がこの手で付けた傷。
男が酒を飲んで寝ているところに忍び込み、いきなり斬りつけたのだ。
自分が持っていた短剣で。
何時か父のような戦士になりたい。
そう、自分が目指していた戦士としての戦い方ではなく。
卑怯な不意打ちで殺した。
「卑怯者だよなぁ、寝込みを襲うなんて。」
そうだ、自分は誇りを忘れ、憎しみで刃を振るったのだ。
そして、そのまま村を飛び出した。
あの後どうなったのか、知らない。
家族の消息さえ判らない。
卑怯な手で命を奪った、その衝撃に突き飛ばされるようにして村を出たのだ。
目の前の男は、いつの間にか短剣を握っている。
あれは、あの時の短剣。
「卑怯者には罰を与えなきゃ、な。」
ニタニタと笑いながら近づいてくる男。
男の首からは血が流れている。
すっかりと青白くなりながらも、確実に近づいてくる。
「来るな!」
思わず剣を構える。
「そんな棒切れでどうするつもりだ?」
「!?」
手の中の剣はいつの間にか、ただの木の枝になっていた。
昔、弟と「戦士になるんだ」と振り回していた木の枝に。
絶望が一歩一歩、近づいてくる。
知らず知らず後ずさりする自分。
背中が背後の樹に当たる。
逃げ場の無くなった自分をみて絶望がニタァと嗤う。
その笑みは死人の顔に張り付いた黒い三日月のように見えた。
そして、絶望は右手の短剣を振り上げた。
その時、一陣の風が吹いた。
風が自分の顔を撫でる。
突然、光が差すように記憶がフラッシュバックする。
『生き延びることが勝利だ。』
それは師匠の言葉。
村を飛び出した自分は行き倒れた途中で、師匠に拾われた。
師匠は冒険者だった。
流れの探査者であり宝探索者だった。
特定のパーティに属さず、一時的にパーティに入って稼ぎ、また別の所に旅立つ。
まるで渡り鳥のような生活をしていた。
「自分が行きたいように生きる。」
それが師匠の口癖だった。
「だから、お前も助けたかったから助けただけだ。」
そう言い、冒険者としての基礎を叩き込んでくれた。
そして一人でやっていける、そう見極めが付いた時に別れた。
別れた時に残してくれたのが、その言葉だった。
「騎士なら守りきること。戦士なら勝つことが勝利だ。だが、冒険者はな…。」
そう言って教えてくれた最後の言葉。
それが脈絡もなく頭に浮かんだ。
絶望が短剣を振り下ろす。
避けるのは間に合わない。
間に合わないなら…。
受ければいい!
生き延びるために無意識で左腕で短剣を受け止める。
左腕に潜り込む短剣。
自分の左腕に産まれた灼熱のような温度を無視し、絶望を見据える。
無理矢理左手を動かす。
飛び散る血潮。
それは狙い通り、相手の眼にかかる。
思わぬ目つぶしに怯む絶望。
右手の指を揃えて伸ばす。
固めた手刀を絶望の首筋。
そこに残る傷に叩き込む。
肉に指先が潜り込む感触。
驚愕に歪む絶望の表情。
「て…めえは…戦士じ…ゃね…え。」
そう呟くと黒い粒になって崩れ去る。
「ああ、俺は冒険者だから、な。」
(生き延びることが勝利、だったよな、師匠。)
そう胸で呟いて、ファーサイトは目を閉じた。
今回はファーサイト編でした。




