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Watch ~監視者~  作者:
「精霊の迷宮」
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<二十六>

グレン編です。

 グレンの前に立ち上がったのは冒険者風の若者だった。

 それなりに冒険をこなし、しかしベテランでもない。

 そんな中途半端な雰囲気が漂っていた。

 「お主は!」

 男が腰から剣を抜く。

 その剣は半ばから折れていた。

 男の顔も、その剣も良く憶えていた。

 自分が鍛えた「失敗作」と、その為に死んだ男だったから。


 グレンは冒険者になる前、一時期、鍛冶職人として活動していた。

 まだ、30歳半ばの成人したての頃である。

 30年以上前のことだった。

 シュメル王国の王都イシュバーンで腕の良い師匠につき、グレン自身それなりに腕の良い鍛冶として知られるようになってきた頃。

 師匠からは

 「お前は、まだまだ剣のことがわかっとらん。」

とは言われていたものの、自分の腕には自信を持っていた。

 今、振り返ってみれば自分の思い上がりがよく分かる。

 しかし、当時は思い上がっているという意識さえなかった。

 そんなグレンの元に、駆け出しから中堅への境にいるような冒険者がやって来た。

 彼はダーレスと名乗り、自分用の片手剣を鍛えることを依頼してきた。

 注文は、「良く切れる剣を。」ということだった。

 何でも、貴重な魔獣の素材を多数集めに行く、ということで、予算の許す限り良い装備が欲しいらしい。そのためにいろいろ伝手を頼り、若い割に腕がよい、と評判のグレンのところに来たのだと言った。

 それを聞いたグレンは自分の腕が認められた、という喜びもあり、張り切った。

 張り切りすぎた、といっても良いだろう。

 予算を大幅に超える素材を使い、徹底的に切れ味を追究した広刃刀ブロードソードを鍛え上げた。

 「今の俺には、これ以上の切れ味の剣を打つことはできん。」

 そう言いながら剣を渡したグレンの顔は、しかし満足感で一杯だった。

 周囲も、打ち上がった剣の仕上がりに驚き、グレンを褒めそやした。

 実際、切れ味は最高に近いものだと言うことができた。木の葉を刃の上に落とせば、触れて二つに分かれる程だった。

 受け取ったダーレスもしきりに興奮し、顔を紅潮させた。

 何度も頭を下げて礼を言うダーレスにグレンは、

 「俺も良い仕事をさせてもらえた。」

と答えていた。その晩に飲んだ麦酒エールは美味かった。

 次の日、話を聞いた師匠がグレンを訪ねてきた。どのような剣を打ったのか聞きたい、

ということだったので、どのような素材でどんな剣を鍛え上げたのかを詳しく話した。

 初めは肯きながら聞いていた師匠が、段々と険しい顔になっていく。不審に思い訳を訊ねると、

 「お前の剣は『失敗作』かも知れん。」

とだけ、答えて口を噤んでしまった。その後は何を訊いても師匠は無言のまま帰ってしまった。


 師匠の言葉の意味が分かったのは、それから三ヶ月後のことだった。

 師匠の言葉がどうしても気になったグレンは、ダーレスの様子をできるだけ気に掛けるようにしていた。

 最初の1ヶ月はそれほど噂にはなっていなかった。

 2ヶ月目には「腕の良い冒険者がいる」と評判になり始めていた。

 次々と強力な魔獣を仕留めて良い素材を持ち込んでくる、そんな話を聞く度に、師匠の言葉は間違いだったのでは、と思い始めていた。

 三ヶ月目になる頃、ダーレスがグレンの元を訪れた。打ち上げた剣の手入れを頼みに来たのだ。

 「調子はどうじゃ。」

 「良いですよ。どんな魔獣でも切り裂くことができます。」

 訊ねたグレンに、ダーレスは自信に溢れた顔で答えた。


 この時が、グレンがダーレスを見た最後になった。


 ダーレスが死んだ。

 1体の魔獣と闘って殺された、という。

 その話を聞いたとき、グレンは耳を疑った。

 (儂の鍛えた剣を持っていたダーレスがどうして!?)

 近郊にいるどの様な魔獣でも切り裂けるはずだった。

 詳しい話を聞いて愕然とした。

 ダーレスを殺したのはドンガルだった。

 通常、ダーレス程の腕前があれば問題にならない筈の魔獣だった。

 だが彼は死ぬべくして死んだとも言えた。

 最近のダーレスはパーティと離れ単独ソロで行動していたのだという。

 剣が良くなったことで魔獣を簡単に倒せるようになった、そのためにパーティの中で尊大な態度が目立つようになり、そりが合わなくなっていたのだ。

 単独ソロで行動することで自分の取り分が増えたことも、それに拍車を掛けた。

 結果、野営中に忍び寄るドンガルに気づかず、強酸の一撃を受けてしまった。

 それでも、彼はドンガルに斬りかかったらしい。

 らしい、というのはその場に、折れた剣が殻に突き立って死んだドンガルと、その横に折れた剣を手に死んだダーレスとが見つかったからだ。

 パーティで行動していたなら起こらなかった悲劇であった。


 師匠の元に行き、事情を全て話したグレンは最後に訊ねた。

 「師匠はこうなる事が分かっておったんですか?」

 しばらく沈黙した後、師匠は

 「そうなるかもしれんとは思っておったよ。」

と答えた。その言葉に思わずグレンは、

 「それなら何故っ…!」

と師匠に食って掛かった。

 「そうならんかも知れんかったからの。何より…。」

と、そこで一旦押し黙った後、言葉をつなげた。

 「お主が確かに良い剣を打ったことに、間違いは無かったからじゃよ。」

そして、更に言葉を続けた。

 「儂等、鍛冶師は良い剣を鍛えることが生き甲斐じゃ。じゃが…。」

 それ以上に剣の使う人物を「観る」ことが必要なのだ、と言われた。

 使い手の能力に見合った剣でなければ、悲劇を招くことがある。それを見極める事が一番大切なのだ…。

 グレンは良い剣を鍛えたがダーレスを「観て」はいなかった。

 結局、その傲慢がダーレスを殺したのだ。

 

 そのことがあって、グレンは槌を置いた。

 自分には剣を鍛える資格は未だ無い、と思ったからだ。

 剣を振るう人物を見る眼を養いたい。同じ悲劇を繰り返したくない。

 その思いから冒険者の世界に飛び込んだ。


 そう、儂はあの時から自分の傲慢を償うために生きてきた。

 あの時までは、ただ切れる剣が打てれば良い。

 ただそれだけしか考えていなかった。

 剣は使う者が居る。

 そんな当たり前のことを忘れ、己の業を振るうことのみを考えた。

 今、その傲慢ダーレスが儂に剣を突きつける。

 折れた剣を振るう傲慢ダーレス

 受け止めた盾の上部を切り飛ばされる。

 昔と変わらぬ切れ味じゃ。

 あの剣なら鋼鉄でも切れる。

 儂の鍛えた剣が儂を追いつめる。

 何とも皮肉な事じゃ。

 まともに受ければ盾ごと切られる。

 ここで斬られるのか。

 儂の償いはここで傲慢ダーレスに斬られることだったのか。

 死の償いは己の死か。

 それも仕方ないかも知れん。

 剣が肩を掠める。

 それだけで吹き出す血潮。

 折れていなければ危なかった。

 …。

 何故じゃ?

 何故、儂は傲慢ダーレスの剣をかわす?

 ここで斬られるのが贖罪ではないのか?


 『儂等、鍛冶師は良い剣を鍛えることが生き甲斐じゃ。』


 突然、師匠の言葉が頭に浮かんだ。

 何故こんな時に思い出す?

 …。

 …そうか。

 儂は…、まだ剣を打っておらんからか。

 本当にふさわしい者に、ふさわしい剣を。

 それが本当の贖罪か。


 グレンがそう思った瞬間、ズクンと大地が震えた。

 それに呼応するかのように右手のバトルアックスも震えた。

 『マスターよ、我を振るえ。』

 そんな「声」がグレンの脳裏に響いた。


 傲慢ダーレスが踏み込んでくる。

 折れた剣が袈裟懸けに振るわれるのが見える。

 このままなら斬られる。

 じゃが、斬られる訳にはいかん!

 傲慢ダーレスに合わせて踏み込む。

 盾で剣の柄の方から弾き上げる。

 最高の切れ味を発揮する直前、弾き跳ばしてやる。

 ほら、体勢が崩れた。

 右手のバトルアックスが軽い。

 受けるが良い、儂の過去の傲慢よ。

 バトルアックスを振るう。

 思いっきり折れた剣に叩きつける。


 ギィン!


 鈍い音と共に剣が砕け散る。

 傲慢ダーレスも共にバトルアックスの刃に切り裂かれる。

 消え去る傲慢ダーレスを見つめながらグレンは呟いた。

 「…いつか、いつか必ず…良い剣を。」

 それは過去の自分の傲慢に決別する誓いの言葉だった。

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