第八話 神託
エイノとコウシン、その頃――
耳元を風が唸りながら吹き抜ける。視界は真っ暗で、何も見えない。
エイノとコウシンは急勾配の坂を転がり落ちながら、闇の奥へと飲み込まれていった。
「うわああああああぁぁぁ──!!」
ドンッ――!!
鈍い衝撃音とともに、二人は地面へと激しく叩きつけられた。
エイノが先に地面へ激しく落下した。
痛みに顔をしかめながら体を起こした、その直後――
一つの人影が勢いよく降ってきて、そのまま彼を弾き飛ばした。
エイノは壁へと勢いよく叩きつけられた。
全身に走る痛みに顔をしかめながら、彼は力なく天井を見上げた。
(……これ、泣きたくなるのって普通だよね?)
「いったぁ……! げほっ! ここ、どこだよ!? 俺たち……みんなとはぐれちゃったよな!?」
エイノは頭を抱えながら身を起こし、痛みに顔をしかめつつ、お尻をさすって少しでも痛みを和らげようとした。
返事はない。その代わり、すぐ傍から深いため息が一つ聞こえてきた。
「はぁ……」
「ん?」
エイノは不思議そうに顔を上げた。すると、目の前ではコウシンが、呆れ果てたような目でじっと彼を見下ろしていた。
その目を見た瞬間――
エイノには、彼女の瞳に「ゴミ」という二文字が浮かんで見えた気がした。
「なんだよ、その目は!」
「はぁ……あんたを守らなきゃいけないと思うと、もう疲れるわ。」
「……」
エイノは口を開きかけた。
反論しようとしたものの、思い返してみれば何一つ言い返せる材料がなく、結局そのまま黙り込んだ。
気まずそうに彼女から視線を逸らすと、立ち上がって周囲を見回した。
そこは完全に閉ざされた空間だった。外へ通じていそうな場所は、一つしかなかった。
それは――先ほど二人が落ちてきた、頭上にぽっかりと開いたあの穴だけだった。
だが、その穴は地上からおよそ十メートルもの高さにある。
とてもではないが、二人の力だけでよじ登って戻れるような距離ではなかった。
「それにしても、ここの壁はずいぶん滑らかだね。上の通路みたいにゴツゴツしてない。」
エイノは辺りを見回した。
周囲を囲む壁は驚くほど滑らかで、まるで赤ん坊の肌のようにすべすべとしていた。
「確かに。ということは、この部屋は自然にできた穴じゃなくて、人工的に造られた空間ってことになるわね。でも……誰がわざわざ地下にこんな密室を造ったのかしら?」
エイノの言葉で、コウシンも壁の違和感に気づいたようだった。
「扉を付ける前に、工事が止まっちゃったとか?」
「家を建てるなら、最初に出入り口を確保するのが基本でしょ?」
「うるさい。」
エイノはふと何かを思いついたように、足早に壁際へ歩み寄った。
そして壁へ手を当てると、一定のリズムでコン、コン、と叩き始めた。
返ってきたのは、鈍く短い「コン、コン」という音だった。
壁の向こうまでぎっしりと詰まっているかのような、重い響きだった。
「何してるの?」
コウシンは首をかしげ、不思議そうにエイノの様子を見つめた。
「壁は厚さが違えば、響く音も変わるんだ。地下にある大きな空間のほとんどは自然にできたものだけど、その間をつないでいる地道の多くは人の手で掘られているんだ。だから、叩いた時の響きを比べれば、その先に人の手で掘られた通路があるかどうか、ある程度見当がつくんだ。」
「でも、それで何がわかるの?」
「こういう場所では、壁をあちこち叩いて回るんだ。もしどこか一か所だけ、太鼓を叩いたように響く音が返ってきたら、その壁は中まで詰まっていない可能性がある。つまり、その向こうに別の空間があるかもしれないってこと。たとえば――」
コン、コン、コン。
今度返ってきた音は、それまでとは明らかに違っていた。
「つまり、この壁の向こうには、まだ別の空間があるってことだ!」
「その通り!」
「なるほど。だったら話は早いわ。」
コウシンは両手を軽くほぐしながら壁の正面へ歩み出ると、右手をゆっくりと持ち上げた。
エイノはその動きを見た瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡った。
次の瞬間には反射的に横へ大きく飛び退き、彼女から距離を取った。
「万雷奔騰――!」
詠唱が響くと同時に、幾筋もの稲妻が彼女の掌へと収束した。
次の瞬間――掌から轟音とともに雷撃が放たれ、エイノの身体をかすめながら、一直線に壁へ突き刺さった。
ドォォォンッ――!!
凄まじい衝撃が周囲一帯を駆け抜け、無数の岩片が飛び散った。
空間全体が激しく震え、轟音が閉ざされた空間の中で何度も反響した。
しばらくして土煙が晴れると、地面には黒く焦げた跡が残っていた。
だが、目の前の壁には傷一つついていなかった。
ひび割れどころか、かすり傷一つ見当たらなかった。
「残念。」
コウシンは両手を腰に当て、本当に残念そうな表情を浮かべ、ため息をついた。
「何が『残念』なんだよ!?」
エイノは思わず叫んだ。
(いや、今の絶対僕を狙ってたよね!?)
そんな疑念が頭の中をぐるぐると巡っていた。
その時――
壁の中央に黄金色の魔法陣が浮かび上がった。
同時に、周囲の壁一面に、無数の文字が次々と浮かび上がった。
びっしりと刻まれたその文字列は、まるで太古から受け継がれてきた封印術式のような、荘厳な威厳を放っていた。
「何これ!? 読めない文字が出てきたんだけど!」
幼い頃から勉強が大の苦手だったコウシンは、それを見た瞬間、早くも頭が痛くなってきた。
「これって……英語、なのか?」
エイノは眉をひそめ、その表情は次第に複雑なものへと変わっていった。
その瞬間、エイノはふと、作者がかつてインタビューで語っていた言葉を思い出した。
「ああ~、古代文字のこと? 英語だよ。考えるのも面倒だったし。どうせ読めない記号みたいなものなんだから、それなら誰か一人くらい読めるものにしておこうと思って。」
「読めるの!? うそでしょ!?」
コウシンはエイノの表情を見て、信じられないというように目を丸くした。
「Lumia, the God of Light, bestowed.」
「神が何だって?」
コウシンは「God」という聞き覚えのある単語だけは耳にしたものの、それ以外はさっぱりわからず、首をかしげた。
「His own wings as a blessing ...。」
そこまで読み上げたところで、エイノの声がぴたりと止まった。
視線の先には、一人の可愛らしい少女が立っていた。
いつの間に現れたのか、手にはどこから取り出したのかもわからない一本の棒を持ち、にこにこと笑いながら彼を見つめていた。
「人の言葉でお願いね。」
彼女はにっこりと笑ったまま、手にした棒を構えた。
――エイノがもう一度わけのわからない言葉を口にした瞬間、そのまま振り下ろすつもりだった。
「待って待って! 殴らないで!」
エイノは慌てて両手を振りながら叫んだ。
「『光の神・ルミアは、自らの翼を祝福として授けた。しかし、人類の強欲は神の怒りを買ってしまった。それでも、子よ、心配する必要はない。五つ目の星が輝く時、光の神は再び帰還し、祝福を授けるだろう』……って意味だよ。」
「五つ目の星が輝く時って……? こんな何もない場所で?」
コウシンは首をかしげながら周囲を見渡し、顔いっぱいに疑問を浮かべた。
エイノは答えなかった。
ただ黙って、その文章を見つめ続けていた。
(……こんな場所、原作にはなかった。)
光の神についても、一度たりとも語られたことはない。
これは――彼がこれまで一度も知らなかった、新たな物語だった。




