第七話 意外
翌朝、地道の入口――。
数多くの冒険者パーティーが集まり、あちこちで話し声が絶え間なく飛び交っていた。
装備を整える者もいれば、地図を広げて確認する者もいる。
さらに数人は、どの入口から入るべきかを巡って激しく言い争っていた。
「うわっ、人多すぎだろ! みんな地道に入るつもりなのか?」
エイノは思わずあたりをきょろきょろと見回した。
「地道には魔力金鉱だけじゃないわ。地道で採れる黒岩や、魔獣の膠質も高値で売れるの。」
コウシンはエイラと並んでしゃがみ込み、地図を見つめながらそう説明した。
「俺たちはここから入ろうぜ! ほら、上に『進』って書いてあるだろ? どう見ても『ここから入れ』ってことじゃん!」
カイロスは興奮した様子で一つの入口の前まで駆け寄り、上に掲げられた看板を指さした。
(上の赤い×印は見えてないことにしてるのか?)
看板に描かれた大きな赤い×印を見て、エイノは信じられないという表情を浮かべた。
だが、エイラとコウシンはすでにカイロスの後に続いて中へ入っていってしまっている。
エイノも慌てて、その後を追いかけた。
一行がさらに地道の奥へ進もうとした、その時だった。
ちょうど一人の男が、地道の奥からゆっくりとこちらへ歩いてきた。
その男は、何度も洗われて色あせた衣服を身にまとい、腰にはごくありふれた石が一つ吊るされていた。
エイノは身を横へ寄せ、道を譲った。
「ありがとう。」
男は穏やかな微笑みを浮かべ、軽く会釈すると、そのままエイノの傍らを通り過ぎていった。
すれ違った、その一瞬――。
男が浮かべたあの微笑みを目にした途端、エイノの胸が、不意にざわついた。
(……おかしい。どこかで見たことがあるような気がする……。)
エイノは反射的に振り返った。だが、そこにはもう男の姿はなかった。
「エイノ! 早く!」
入口のところで、コウシンがこちらへ向かって大きく手を振った。
「今行く!」
エイノは胸に残る違和感を心の奥へ押し込めるように、足早に三人の後を追った。
地道へ一歩足を踏み入れた瞬間、周囲の光は一気に薄暗くなった。
通路の両脇は粗削りの石レンガで補強されており、空気は湿気を帯びて蒸し暑い。
まるで蒸し風呂に入ったかのようだった。
足音が細長い地道の中に響き渡り、何度も反響を繰り返していた。
「このまま真っすぐ進むの? それとも、横にある小部屋も調べたほうがいい?」
エイノは左右へと伸びる脇道へ視線を向けた。その先に広がる空間がどんな場所なのか、少し気になっていた。
「先に真っすぐ進もうぜ! さっき外にあれだけ人がいたんだから、もう中に入ってる連中はもっと多いはずだ。こういう場所はとっくに掘り尽くされてるだろうし、今だって中で誰かが採掘してるかもしれないぞ。」
先頭を歩くカイロスが、振り返りながらそう言った。
エイノは小さくうなずき、最後尾を歩きながら思考を巡らせた。
(あの婦人は、地王はもう長い間眠り続けているって言ってたよな……。どうしてなんだ? 地王が眠りについたなんて話、あの本には一度も書かれていなかったはずなのに……)
エイノは何気ないふうを装って尋ねた。
「そういえばさ、地王が眠りについているって話、みんなは聞いたことある?」
エイラは振り返り、エイノを一瞥した。だが、何も言わなかった。
コウシンとカイロスは同時に首を横に振った。
「知らない。」
「艾諾、あなた……」
エイラは何かを言いかけたものの、その先の言葉は口にできず、そのまま言い淀んだ。
「ん? どうしたの?」
「……ううん、何でもない。」
そう言うと、エイラは視線を前へ戻し、そのまま歩みを進めた。
「地脈は一年に一度、『地裂』を開くの。その地裂へ入り、最初に地核を手にした者が、地王となるのよ。」
「地核って、地底のど真ん中にあるあれのことだよな?」
カイロスが不意に話に割って入った。
「ええ。でも昔、当時の地王には三人の息子がいたの。長男は『年長者が王位を継ぐべきだ』と主張し、次男は『強き者こそ王となるべきだ』と譲らなかったの。その結果、二人は激しく争い始め、それぞれが守備兵を抱え込み、同族たちを味方へ引き入れていった。」
エイノはその話を聞きながら、眉をひそめた。
(……人の命なんて、まるで顧みていない。ただ地位と名誉しか見えていなかったってことか。)
「当時は多くの犠牲者が出たと言われているわ。本来なら民を守るための力が、いつしか王位を巡る争いのための武器へと変わってしまったの。そんな中、当時の第三皇子――セリヴだけは王位争いに加わらず、民を守ることを選んだの。」
エイノは顔を上げた。
エイラは少し言葉を選ぶように間を置いてから、再び口を開いた。
「その時、地核が自ら姿を現し、セリヴを次代の地王として選んだのよ。翌年、地裂が開いた時も、地核は誰にも奪われることなく、自らセリヴの前へ姿を現した。その出来事を境に、地王は、最初に地核を手にした者がなるのではなく、地核自らが次代の王を選ぶようになったの。」
「自分で王を選ぶのか。なかなか賢いんだな。」
カイロスは顎に手を当て、ふと思いついたようにそう呟いた。
「でも数年前、地裂が再び開いた時のことよ。地王は地裂へ入っていったけれど、戻ってきた時には意識を失ったまま運び出されたの。地下で何が起きたのかは、今でも誰にもわからない。その後の調査で、地王の魔力はほとんど失われていることが判明したわ。それでも地核は新たな主を選ばなかった。だから今もなお、セリヴが地王であり続けているの。」
エイノは俯き、原作の内容を必死に思い返した。
だが、地族についての記述はまったく思い当たらない。
(……そうだ。このあたりの話は描かれていない。)
原作はエイラ視点で進む物語だった。
彼女が最初に受けた依頼は、水族でのB級依頼だったのだから。
今は、僕がいるせいで依頼そのものが変わってしまったんだ……。
しかも、原作の終盤でエイラが口にしていた言葉を、彼ははっきりと覚えていた。
――「現任の地王は、とても強大な力を持つ女性よ。」
つまり、原作では――セリヴはとっくに命を落としていたということになる。
その時、不意にカイロスが勢いよく手を挙げた。
「はい! それなら俺、知ってる!」
三人は一斉にカイロスのほうへ視線を向けた。
「地王を地道から連れ出したのは、うちの父さんなんだ。でも、父さんも何があったのかは知らないって言ってた。中に入った時には、もう地王は大怪我を負って気を失っていたらしい。」
カイロスはそう言うと、自分の胸を親指で指し示した。
艾諾は小さくうなずき、胸の内で思考を巡らせた。
(カイロスの父さんが駆けつけた時には、セリヴはすでに重傷を負って意識を失っていた……。だとしたら、いったい誰が――。地王をあそこまで追い詰められる相手なんて……)
話をしながら歩いているうちに、一行はやがて一つの分かれ道へとたどり着いた。
左側の通路には等間隔に灯りがともされており、淡い橙色の光が奥へと続いていた。
揺れる灯火が石壁に影を落とし、通路全体を静かに照らしていた。
さらに、その奥からは魔獣の咆哮がはっきりと響いてきていた。
対して右側の通路には明かりが一つもなく、一面が闇に包まれていた。
物音一つ聞こえず、不気味なほどの静寂だけが広がっていた。
「左にしようぜ? ついでに魔獣を倒して、膠質も稼げるしな。」
カイロスはそう言いながら、そのまま左側の通路の入口へと立った。
「時間を無駄にする必要はないわ。さっさと依頼を終わらせて、戻ってランクを上げましょう。」
エイラは右側の入口の前で立ち止まり、静かにそう言った。
その時、不意に――。
エイノの耳に、ごくかすかな音が届いた。
――カラ、カラ……。
まるで錆びついた歯車が、軋みを上げながらゆっくりと回り始めるような音だった。
エイノは一歩後ずさりすると、ゆっくりと振り返り、来た道のほうへ視線を向けた。
「エイノ?」
コウシンは不思議そうな表情を浮かべながら、エイノのほうへ歩み寄ってきた。
「歯車が動くような音が聞こえた気がするんだ。」
「歯車? 私は何も聞こえなかったけど?」
エイラはカイロスとしばらく話し込んでいたが、ふと気づけば、残りの二人がまったく会話に加わっていない。
(何をしているの?)
そう思い、二人のいるほうへ歩き出そうとした――その時だった。
次の瞬間だった――。
ゴゴゴゴゴッ……!!
地道全体が激しく揺れ始めた。
ガラガラと音を立てながら、天井や岩肌から大量の石片が降り注いだ。
重厚な石壁が地面からせり上がり、四人を完全に隔ててしまった。
「待って──!!」
カイロスは反射的に手を伸ばした。
だが、その手が触れたのは、冷たく硬い石壁だけだった。
突然の変化に、エイノとコウシンは同時に息をのんだ。
二人は反射的に後ずさった。
だが、その足元へ意識を向ける暇はなかった。
石壁がせり上がったその瞬間、背後の地面にはぽっかりと大きな穴が口を開けていた。
足元がふっと空を切った。
次の瞬間、エイノとコウシンはそろって穴の中へと転がり落ちていった。
「まっ――あああああぁぁぁーーっ!!!」
その場に残されたのは、舞い上がる土煙と――
二人の悲鳴だけだった。
カイロスとエイラは、まだ何が起きたのか理解できずにいた。
ただ、石壁の向こう側から響いてきたのは――二人の悲鳴だけだった。
「おい! 二人とも、大丈夫か!?」
カイロスは力いっぱい石壁を叩いた。だが、返事は返ってこなかった。




