第五話 パーティー
カイロスが重厚な木扉を押し開ける。バタンッ――。
扉が閉まった瞬間、外の喧騒は一気に遮断され、静寂が部屋を包み込んだ。
部屋はそれほど広くはなく、壁一面にはSランク依頼書が貼られ、その傍らには大きな世界地図が掛けられていた。
机の上には書類や巻物が山積みになっており、部屋の隅に置かれた棚には、さまざまな魔法薬や魔法道具が整然と並べられていた。室内には、ほのかに薬草の香りが漂っている。
机の向こう側には、一人の老人が腰を下ろしていた。
髪は薄く白髪交じりで、背中はわずかに曲がっている。鼻梁には片眼鏡が掛けられていた。
手には分厚い巻物を広げたまま、扉の開く音が聞こえても顔を上げることはなかった。
ただ、静かな口調で問いかける。
「カイロス、エイノ、エイラ、鋼心――以上の四名で間違いないか?」
「おう、こんにちは! じいさん、予言でもできるのか?」
カイロスは勝手知ったる様子で、ずかずかと机の上へ腰を下ろした。
「ふん、わしを馬鹿にするな。」
老人は手を止めると、呆れたようにカイロスを脇へ押しやった。そして、先ほどカイロスが座っていた場所に置かれていた名簿を手に取ると、顔を上げて彼を一瞥し、小さく鼻を鳴らした。
「......」
カイロスは思わず言葉に詰まった。
……それじゃあ何か? 俺が馬鹿だってことか?
老人は引き出しを開けると、中から濃い色の袋を取り出し、机の上へと置いた。
袋の中には、銀白色の腕輪が四つ入っていた。
装飾は簡素ながら、表面には精緻な紋様が刻まれ、中央には純白の水晶が一つ埋め込まれている。
「これはパーティーブレスレットだ。それぞれが一滴ずつ血を垂らせば、どこへ行こうと、この腕輪を通して互いの居場所を把握できるようになる。」
エイノの脳裏に、ある言葉が真っ先に浮かんだ。
(GPS……? 異世界版GPSってこと?)
「へぇ、便利なもんだな。」
カイロスは腕輪を灯りにかざしながら、興味深そうに眺めた。
エイラは静かに腕輪を手首にはめた。
一方、コウシンは興味津々といった様子で、腕輪をあちこちから眺めながら、何度もひっくり返しては観察していた。
そのとき、老人は再び引き出しを開け、今度は別の品を取り出した。
それは、ダイヤモンドのように透き通った鉱石だった。
よく見ると、その内部では淡い光がゆっくりと流れるように揺らめいている。
老人はそれを机の上へ静かに置くと、重々しい眼差しでコウシンを見つめた。
「これは、お前の両親が残していったものだ。『この子がここへ来たときに渡してほしい』と、わしに託していった。」
コウシンはすぐに腕輪を置き、その魔紋石を手に取った。
先ほどまで浮かべていた無邪気な笑みは消え去り、真剣な表情で、手の中の魔紋石をじっと見つめた。
「父さんたち、ほかに何か言い残してなかったの!?」
老人は一瞬だけ口をつぐみ、やがて静かに首を横へ振った。
コウシンはうつむき、魔紋石を握る手に、思わず力がこもった。
老人はゆっくりと立ち上がると、服についたはずもない埃を払うように軽く手で叩いた。
「よし、用は済んだ。荷物を持ったらさっさと行け。次にここへ来るときは、胸を張れるだけの成果を持ってくるんだぞ。」
老人が大きく手を振るった、その瞬間――四人まとめて宙へと吹き飛ばされた。
勢いよく扉が開き、四人は揃って部屋の外へ放り出され、無様に尻もちをついた。
「いてて……あのじいさん、乱暴すぎるだろ!」
エイノは尻をさすりながら叫んだ。
カイロスはエイラを助け起こしながら苦笑した。
「じいさんは昔っからあんな感じだ。気にしてたら身がもたねぇよ。」
コウシンはゆっくりと立ち上がった。その手には、あの魔紋石が今も固く握り締められていた。
部屋の中は再び静寂に包まれた。
老人は黙って椅子に腰を下ろし、窓の向こう――遠くを見つめた。
陽光が差し込み、どこか年輪を感じさせる彼の顔を静かに照らしていた。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
老人は深く、重いため息をついた。
視線は遠くに咲くアイリスの花畑へと向けられ、小さく呟いた。
「あの子も……お前たちと同じ道を歩むことになるのか、鋼魯……。」
「なあ! みんな、受ける依頼はもう決めたのか?」
カイロスは壁に寄りかかり、腕を組んだまま、いつもの人懐っこい笑みを浮かべていた。
エイラは彼を一瞥し、静かに口を開いた。
「そんなことを聞くということは、もう目星はついているのでしょう?」
「ビンゴ! その通りだ。ほら、こっち来い!」
カイロスは片眉を上げ、指をパチンと鳴らした。
カイロスはポケットから一枚の依頼書を取り出した。
くしゃくしゃに丸められ、まるでゴミ箱から拾ってきたかのような有様だった。
それを皆の目の前でひらひらと揺らしてみせた。
「俺たちのパーティーはDランク扱いだけど、Aランクのコウシンに、Bランクの俺とエイラがいる。それに……こいつもいるしな。」
そう言いながら、カイロスは隣にいるエイノを指差した。
「Cランク依頼くらい、余裕でこなせるだろ?」
「ちょ、ちょっと待て! Aランク!? 君が!? 本当なのか!?」
エイノは信じられないという表情でコウシンを見つめ、震える指で彼女を指差した。
「えっ、私が誰か知らないの? 私は金族史上最年少の大鍛将だよ。」
コウシンは魔紋石を袋へしまうと、少し顎を上げ、呆れたように肩をすくめた。
大鍛将――それは金族における最高位の鍛将の称号であり、同時に百錬塔を統べる最高責任者でもある。
その座を継ぐには、S級神武を打ち上げ、なおかつ先代の大鍛将を打ち破らなければならない。
「じゃあ、なんで君ほどの人が僕たちとパーティーを組んでるんだ?」
エイノは不思議そうに頭をかいた。
コウシンは何かを思い出したように視線をそらし、ぽつりと呟いた。
「……うるさい。」
カイロスは傍らで顎に手を当て、二人のやり取りを聞きながら、どこか意味ありげな視線をコウシンへ向けた。
「地位は同じくらい高いのに、身長は……」
「うるさーーい!!!」
「地脈で魔力金鉱を二十個採掘する……こんな依頼がCランクなのか?」
エイラは依頼書へ視線を落とした。
ただ採掘するだけの依頼にしては、Cランクというのは少し簡単すぎる気がした。
そのとき、カイロスは四つの腕輪を手に取ると、指先を軽く切った。
次の瞬間、鮮やかな血の雫がにじみ出た。
四つの腕輪へ、それぞれ一滴ずつ血を垂らす。
すると刻まれた魔法陣が一斉に輝き始め、中央の白い水晶には赤い光球がふわりと浮かび上がった。
コウシンは腕輪を受け取ると、真っ先に口を開いた。
「魔力金鉱は、武器へ魔力を注ぎ込む工程を肩代わりできる特殊な鉱石だよ。魔力金鉱を使えば、その魔力を武器へ供給できるから、鍛冶師に改めて魔力を注いでもらう必要がなくなるの。地脈に広がる入り組んだ地道で採れるんだよ。」
そう説明しながら、自分の血を一滴垂らす。すると、水晶の中に金色の光球が一つ浮かび上がった。
「地道の中はとても危険なの。魔獣がいるだけじゃなく、昔の魔法仕掛けもそのまま残ってる。それに構造自体も脆くて、長い年月で老朽化してるから、いつ崩落してもおかしくない。」
エイノは手についた血を拭っていたが、その説明を聞いた途端、動きがぴたりと止まった。
「じゃあ……本当にそこへ行くの?」
その言葉が終わるや否や、カイロスは無垢な笑みを浮かべたまま、すっとエイノへ近づいた。
「でもさ、この依頼の報酬は二〇〇〇魔晶だぞ~? 二十個を超えた分は、一個につき二〇〇魔晶で買い取ってくれるんだぜ~! 二・百・魔・晶・だ・ぞ!」
エイノはそっと視線を逸らし、ごくりと唾を飲み込んだ。
(……金のためなら命も惜しまない、ってやつか。)
「よし、これで決まりだ。」
そう言うと、エイラは腕輪を受け取り、その上へ血を一滴垂らした。
すると、水晶の中に深緑色と淡緑色、二つの光球が現れる。
次の瞬間、四つの腕輪が同時に金色の光を放ち、その輝きはやがて静かに消えていった。
四人はそれぞれ腕輪を身につけ、これで正式に四人パーティーとなった。
そして、一行は新たな旅路へと踏み出した。




