第四話 ギルド
「僕たち……本当に歩いて行くしかないの? はぁ……さすがに疲れるよ!」
エイノは肩で息をしながら歩いていた。
歩みは次第に重くなり、額からは汗が絶え間なく流れ落ちた。呼吸も少しずつ乱れ始めていた。
その一方で、前を歩くエイラは足取りをまったく乱すことなく、一定の歩調を保ち続けていた。呼吸も終始安定していた。
まるで散歩でもしているかのような余裕ぶりで、汗ひとつかかず、長い髪も一本たりとも乱れていなかった。
「中央神殿の周囲十キロには鎮霊桜が植えられている。あなたの鳥が鼻を塞げるなら、飛んで行っても構わない。」
彼女は振り返ることもなく、淡々と答えた。
遠くには、中央神殿をぐるりと囲むように一面の淡い桃色が広がっていた。
満開の桜が咲き誇り、花びらがそよ風に乗ってひらひらと舞い落ちていた。
鎮霊桜は特殊な香りを放ち、あらゆる魔獣を寄せつけない。その力によって中央神殿を守る重要な防衛線の一つとなっていた。
どれほど歩いただろうか。
ようやく視界の先に、純白の塔が姿を現した。それは天へとそびえ立つ一本の塔だった。
白亜の塔は天を衝くようにそびえ、その穢れなき白壁は陽光を受けて眩く輝いていた。塔の頂は青空へと続くかのようにそびえ、荘厳さと神聖さを漂わせていた。
二人が城門をくぐったその瞬間――まるで世界が再び息を吹き返したかのようだった。
賑やかな空気が押し寄せ、先ほどまでの静けさはたちまち打ち破られた。
大勢の人々が行き交い、さまざまな種族が肩を並べて歩いている。
ローブ姿の魔法使い、武器を携えた巡回兵、そして露店から響く威勢のいい呼び込みの声が、あちこちで飛び交っていた。
空気には香辛料や焼き肉の香り、金属の匂い、そして魔力の気配が入り混じって漂っていた。
少し離れた場所では楽器を奏でる者がおり、その音色に合わせて踊る人々の姿も見えた。
通りの両側には、さまざまな品々が並んでいた。
食べ物や武器、さらには空中にふわりと浮かぶ魔導具まで売られていた。
「こ……こんなに賑やかなのか!」
エイノは思わず周囲を見回した。
すると、その視線はすぐに近くの露店で売られているクッキーへと引き寄せられた。
エイラは、まるで田舎者が初めて街へ出てきたかのように辺りをきょろきょろ見回すエイノを一瞥した。だが、特に気に留めることもなく、そのまま歩き続けた。
「見てないで、先にギルドへ行く。お金に換えないと、何も買えない。」
「ってことは、あとでお金に換えてクッキーを買えるってことだよね!」
「それはあと。」
「本当?」
「……」
エイラは何も答えず、ただ黙って歩く速度を速めた。
エイノはそれを肯定と受け取ったのか、期待に満ちた表情を浮かべながら、嬉しそうに後を追いかけた。
――魔法師ギルド。
通りの突き当たりには、一際高くそびえる建物が建っていた。
純白の外壁には、上へと伸びる蔦の紋様が刻まれ、正面の大扉から塔の頂まで絡みつくように伸びていた。
正面入口の両脇には五枚の旗が掲げられていた。
それぞれ五元素――金・木・水・火・土を象徴する旗だった。
ギィ……と重厚な木の扉が内側へと開いた。
途端に熱気が押し寄せた。
酒の香りと肉の匂いが漂い、談笑や乾杯の声が館内中に響いていた。
「乾杯──!」
「もう一本だ! もう一本!」
「今回の依頼、マジで死ぬかと思ったぞ! そのくせ報酬は百魔晶ぽっちだ! やってられねぇ!」
広々としたホールは人で埋め尽くされ、あちこちでグループが木製のテーブルを囲んでいた。
ジョッキを高々と掲げて笑い合う者たちがいる一方で、全身を包帯でぐるぐる巻きにしたまま、まるで気にも留めず豪快に酒をあおっている者の姿もあった。
エイノは入口でしばらくぽかんと立ち尽くし、口元をぴくりと引きつらせた。
(……ここ、どう見ても酒場じゃない?)
そのとき、ホールの片隅にあったテーブルから、どっと笑い声が上がった。
鮮やかな紅髪が目を引いた。
大胆不敵な笑みを浮かべたその男は、ひときわ存在感を放ち、自然と周囲の視線を集めていた。
彼は木製のテーブルのそばに立ち、片足を椅子に乗せると、大きなジョッキを高々と掲げて豪快に叫んだ。
「さあ、乾杯だ!」
その男こそが、二人の探していた仲間――カイロスだった。
燃えるような紅髪は灯りを受けて揺らめき、その瞳には活力と熱い闘志が宿っていた。
周囲の者たちもその勢いに引き込まれ、笑い声を上げながら次々と杯をぶつけ合っていた。
まるで彼は、生まれながらに人々の中心に立つべくして立っているかのようだった。
エイノはその姿を見つめながら、胸の内に複雑な感情が渦巻くのを感じていた。
目の前の男は、何ものにも縛られることのない者だけが浮かべられるような、豪快な笑みを浮かべていた。
だが、原作での彼を知るエイノには、とても信じられなかった。
魔族が侵攻してきた際、真っ先に突破されたのは――炎族の防衛線だったのだから。
そして魔族はそこを足がかりに、一気に中央神殿へと侵攻した。
当時、すでに炎帝の座を継いでいた彼は、その責任を一身に背負い、数え切れないほどの非難を浴びることになった。
そして最後には――命をもってその責任を償った。
だが、エイノが知っているのは結末だけだった。そこへ至る過程までは知らない。
なぜなら、原作はほとんどがエイラの視点で描かれていたからだ。
何が起きたのか――エイラが知らなかったことは、読者にも語られることはなかった。
彼はカイロスにどう伝えればいいのだろうか。
いきなり「防衛を強化しろ」とでも言えばいいのだろうか。
きっと(何を言ってるんだ、このバカ)とでも思われ、相手にもされないだろう。
賑やかな空気とはまるで相容れない、一人の少女が静かに立っていた。
高い位置で結ばれた金色のツインテールは、灯りを受けて淡く輝いていた。
小柄な体つきで、見た目は十二、三歳ほどにしか見えない。
両腕を組み、黄金色の瞳には露骨な苛立ちが浮かんでいる。その放つ雰囲気は、とても子どものものとは思えなかった。
誰かを待たされていることへの苛立ちというより、エイノには、目の前で騒いでいるあの酒好きにうんざりしているように見えた。
「カイロス、行くわよ。」
エイラは歩み寄り、テーブルのそばで立ち止まった。
カイロスの手がぴたりと止まった。
次の瞬間、彼はジョッキをぐいっと傾け、中身を一気に飲み干した。
喉仏がごくりと上下し、最後の一滴まで余すことなく喉の奥へ流し込んでいく。
「ぷはぁーっ! じゃあな、みんな! 俺は先に行く! お前らはそのまま飲んでてくれ!」
満足そうに大きく息を吐くと、手の甲で口元に残った酒を乱暴にぬぐった。
周囲の者たちは笑いながら囃し立てた。
「さっさと行け、この酔っぱらい!」
「次はお前のおごりだからな! 一人五樽だぞ!」
カイロスは笑みを浮かべたまま振り返り、何気なく視線を巡らせる。
そして、その目がエイノを捉えると、片眉をわずかに上げた。
「よう! いい度胸じゃねぇか。行くぞ!」
そう言い放つ声は実に歯切れがよかった。
カイロスはそのまま踵を返し、さっさと歩き出した。誰かを待つつもりなど、最初からないようだった。




