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第二十三話 大鍛將

 エイラは一人で転移魔法陣を使い、一階の大広間へと戻った。

(コウシンが言ってたのは、一階から三階までは自由に入れるってことだったよね。)


 大広間には相変わらず、数多くの人々が行き交っていた。

 エイラは気づけば、再びあの古びたS級魔武の前まで歩み寄っていた。


 彼女は展示台の縁をそっと指でなぞった。

 武器へ手を伸ばそうとした、その時――

 視界の端に、不自然な影が映り込んだ。


 エイラは展示台の脇へ回り込む。

 そこで初めて気づいた。

 展示台の陰には、下へと続く石階段が隠されていた。


 石造りの階段はかなり狭く、入口も巧妙に隠されている。

 ここに立っていなければ、その存在に気づくことすらなかっただろう。


 エイラは入口の前に立ち、わずかに眉をひそめた。

 階段の先は真っ暗で、その奥がどうなっているのかまったく見えない。

(カイロスって、意外と使えるのね。)

 こんな時、彼女の脳裏にふと浮かんだのは、掌から火を出すあの男だった。

(少なくとも、明かりにはなる。)


 エイラは少しだけ迷ったものの、結局、下へ降りてみることにした。

 石階を一歩、また一歩と踏みしめながら、暗闇の中へ下りていく。


 カチャン――カチャン――カチャン――。

 突然、石壁がせり出し、先ほどの入口を塞いだ。


 続いて、完全な暗闇の中で、足元から一本の黄金色の光の筋が淡く輝き始める。

 その光は石階に沿って、さらに下へ、下へと伸びていった。

(……これで、本当に前へ進むしかなくなった。)


 エイラはその光を追うように、階段を下り続けた。

 やがて、その先に一枚の重厚な鉄扉が姿を現す。

 鉄扉は錆びつき、表面には何の彫刻も施されていない。

 まるで、世界から忘れ去られた門のようだった。


 エイラは手を伸ばし、そっと押した。

 ギィィ――。

 鉄扉が耳障りな軋み音を響かせながら、ゆっくりと内側へ開いていく。


 扉の向こうには、やはり先の見えない長い廊下が続いていた。

 足元には黄金色の紋様だけが、ゆっくりと前方へ伸びている。

 そのかすかな光は、足元を照らすことしかできず、壁全体を照らすにはあまりにも弱かった。


 エイラは手を伸ばし、そっと壁面に触れた。

 冷たく、ざらついている。

 その表面には、何らかの紋様が刻まれているようだった。

 ただ、ここはあまりにも暗く、そこに何が刻まれているのかまでは読み取れなかった。


 やがて廊下の最奥まで辿り着くと、目の前に一枚の純白で穢れのない大扉がそびえ立っていた。

 先ほどの錆びついた鉄扉とは、まるで天と地ほどの違いだった。

 まるで、地獄へ迷い込んだ天使が、そこに現れたかのようだった。


 エイラは深く息を吸い込み、扉の取っ手を握る。

 そして、ゆっくりと大扉を押し開いた。



 ゴゴゴゴゴゴ――。

 突然、百錬塔全体が激しく揺れ始めた。

 本棚に並んでいた本が次々と落ち、天井から吊り下がったシャンデリアも激しく揺れ始める。

 コウシンとエイノはほぼ同時に机へ手をつき、必死に身体を支えた。


「何が起きたんだ?」

 エイノは不安げに辺りを見回す。

 コウシンの顔からも笑みが消えていた。


 百鍊塔だけが揺れているのか、それとも金族全体で地震が起きているのか、彼女にも分からなかった。

 コウシンは何も言わず、すぐさま踵を返して転移魔法陣へと駆け出した。

 エイノもすぐに後を追い、二人は揃って一階へ向かった。


 その頃、大広間はすでに大混乱に陥っていた。

 商人たちは荷物を抱えたまま我先にと逃げ惑い、泣き叫ぶ声と悲鳴が入り乱れていた。


 コウシンとエイノが一階へ戻ると、目の前の光景に、二人とも思わず立ち尽くした。

「みんな、慌てないで! 押さないで!」

 コウシンはすぐさま大声を張り上げた。

 だが、その声は瞬く間に人々の叫び声にかき消され、誰一人として足を止めようとはしなかった。

「鉄震さん、助けて!」

「大鍛將様! 助けてください!」


 先ほどの揺れによって、人々は魔族が攻めてきたのだと思い込んでいた。

 コウシンの心は、次第に冷えていった。

 皆が真っ先に助けを求めたのは、大鍛將。

 ――だが、それは彼女ではなかった。

 先代の大鍛將――鉄震だった。


 その瞬間――

 ガシャーンッ!

 天井から吊り下がっていたシャンデリアが落下し、ガラスの破片が四方へ飛び散る。

 その真下にいた一人の男が、落下したシャンデリアに巻き込まれた。


 もともと混乱していた群衆は、完全に秩序を失った。

 誰もが必死に出口へと押し寄せ、後ろから押された人々が、次々と倒れそうになる。

 恐怖はまるで疫病のように、人々の間へ瞬く間に広がっていった。


 その時、一人の屈強な男が大広間へと入ってきた。

「鉄震さん!」

「よかった! 来てくださったんですね! 俺たちはどうすればいいんですか!」


 鉄震は答えなかった。

 人々の頭越しに大広間を見渡し、周囲の状況を静かに確認する。

 そして最後に、その視線がコウシンのもとで止まった。


 鉄震は周囲の人々には目もくれず、まっすぐコウシンのもとへ歩いていった。

 その姿に、誰もが呆然とする。


 そしてコウシンの目の前まで来ると、鉄震は右膝をついた。

 ドン――。

「大鍛將様に、敬礼を!」


「ちょっと待って! どうして急に――」

 コウシンは慌てて手を伸ばし、鉄震を制止しようとした。

「大鍛將様、どうかご命令を!」

 コウシンの伸ばしかけた手が、宙で止まった。


(三年間、こんなにも正式な礼をされたことは、一度もなかった。私だって、誰も私を認めていないことくらい分かってる。それなのに――この人は、こんなにも私を認めてくれているの?)

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