第十八話 鉄震
翌朝。
朝霧はまだ森を包み込み、木々の梢を抜けた淡い朝日が地面へと降り注いでいた。
最初に目を覚ましたのはエイノだった。
手早く荷物をまとめ終える頃には、ほかの三人も次々と起き出してきた。
一行は簡単に朝食を済ませると、再び金族の領地を目指して歩き始めた。
鬱蒼と茂っていた森は次第にまばらになり、やがてその先には幾つもの鉱山が姿を現した。
道の両脇には、ところどころに廃坑が口を開け、鉱石を運搬する巨大な鉱車の姿も目に入った。
四人が最後の山を越えると、その先には雲をも貫くようにそびえ立つ漆黒の尖塔が姿を現した。
塔身は黒金鉱で築かれており、陽光を受けて冷たい光沢を放っていた。
幾重にも積み重なるように天へと伸びる塔の最上部には、巨大な水晶鉱がはめ込まれ、降り注ぐ陽光を浴びて眩い輝きを放っていた。
その漆黒の尖塔は、まるで天空を貫く一本の巨剣のように、群山のただ中で揺るぎなくそびえ立っていた。
「うわっ! 百鍊塔って、こんなに高かったのか!」
カイロスは思わず感嘆の声を漏らした。彼にとっても、金族を訪れるのはこれが初めてだった。
エイノはその壮大な塔を見上げ、思わず息をのんだ。
遠くから眺めているだけだというのに、その黒き塔から放たれる圧倒的な威圧感が、胸の奥までずしりと響いてくるようだった。
――その時だった。
遠くの地平線から、不意に巨大な土煙が舞い上がった。
「ん?」
四人は目を細めてその先を見つめた。
土煙は凄まじい勢いで、まっすぐこちらへと迫ってきた。
そして一行の目の前まで来たところで、急停止した。
ブワッ――!
巻き上がった土煙が辺り一面を覆い尽くし、四人の視界は完全に遮られた。
「ごほっ! ごほごほっ!! な、なんだこれ!?」
エイノは咳き込みながら、目の前に立ち込めた土煙を手で払った。
やがて土煙が晴れると、一人の青年の姿が現れた。
鍛造服に身を包んだその青年は、両手を膝につきながら大きく肩で息をしている。
どうやら、ここまで全力で駆けてきたらしかった。
「大鍛將!! ようやくお戻りになったんですねぇぇぇぇ!!!!」
青年はコウシンの足元へ勢いよく跪くと、そのまま彼女の脚にしがみついた。
「ちょっ、離してよ! 銀紘!! いいからどっか行って!!!!」
コウシンは必死に銀紘を振りほどこうとするが、相手の体格が大きすぎてびくともしない。
「大鍛將!! 早くお戻りください!! 鉄震さんが、もうあなたのお屋敷を取り壊しそうな勢いなんです!!」
「なにそれぇぇぇ!!!」
コウシンが叫んだ次の瞬間、その姿は目にも留まらぬ速さで駆け出していた。
銀紘も慌てて立ち上がると、その後を全力で追いかけていった。
残された三人は、二つの土煙が凄まじい勢いで百鍊塔の方角へと遠ざかっていくのを、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
「えっと……僕たち、置いていかれた……のかな?」
三人は顔を見合わせる。
そして、小さく頷き合うと、とりあえず百鍊塔を目指して歩き出すことにした。
歩を進めるにつれ、街並みは次第に活気を帯びていった。
道の両側には大小さまざまな鍛冶工房が立ち並び、炉では炎が勢いよく燃え盛っていた。
ガンッ――ガンッ――。
重々しい鍛造槌が、一打ごとに振り下ろされ、その音が街中に絶え間なく響き渡っていた。
火花は槌が振り下ろされるたびに四方へと飛び散っていた。
多くの鍛冶職人たちは上半身裸で、鍛え上げられた身体に汗が伝っていても、誰一人として手を止めることはなかった。
店先には様々な武器や鎧が所狭しと並び、短剣や槍、盾や籠手はもちろん、農具や調理器具に至るまで、一つひとつ丁寧に仕上げられていた。
「すごい! ここ、いろんな物がいっぱいあるんだね!」
エイノは思わずきょろきょろと辺りを見回した。
「コウシンを探しに行こうぜ!」
そう言って、カイロスは百鍊塔の入口へ向かって歩き出した。
「百鍊塔に入れるのは鍛將だけよ。どうやってコウシンを探すつもり?」
エイラはその場に立ったまま、冷静に問いかけた。
「……」
一歩目を踏み出していたカイロスは、無言で足を引っ込める。
そして、その得意げな笑顔も、そっと引っ込めた。
「それじゃあ、先に鉄村へ行って依頼人に会わない?」
エイノがそう提案した。
「それ、いいな! じゃあ行こう!」
カイロスはそう言うと、今度は迷うことなく歩き出した。
エイラだけは、その場から一歩も動かなかった。
「……鉄村がどこにあるか知ってるの? そもそも、今ここがどこか分かってるの?」
カイロスは再び踏み出しかけた足をそっと引っ込めた。
そして、その笑顔も再び引っ込めた。
「大丈夫だって! 一歩目は踏み出せたじゃないか!」
エイノはカイロスの肩をぽんと叩き、励ますように笑った。
「でも、二歩目が踏み出せないんだよ!」
「その一歩目も引っ込めたでしょう。二歩目なんて最初からないじゃない。」
エイラは淡々と指摘した。
カイロスは、もう何も言いたくなくなった。
「ん? 鉄村? ここが鉄村だぞ。あんたたち、よそから来たんだろ?」
一人の大柄な男が鍛造槌を置き、額の汗を拭いながら、にかっと笑って三人を見た。
エイノはきょとんと目を瞬かせた。
――なるほど。
自分たちは、最初から鉄村にいたのか。
「すみません、依頼人が誰かご存じありませんか?」
エイラは依頼書を取り出し、大男へと差し出した。
大男は依頼書を受け取ると、一目見ただけで頷いた。
「ああ! これは間違いなく鉄震さんの依頼だな。」
「えっ? 間違いなくって?」
「はははっ! こんな依頼を出すのは、あの人くらいだからさ。自分じゃ行けないもんでな。」
カイロスは不思議そうに首を傾げた。
「どうして自分で行けないんですか?」
「依頼はどれも、息子さんに関わることばかりだからな。」
大男は少し苦笑しながら続けた。
「あの親子は、仲があまり良くなくてな。」
三人は顔を見合わせた。
その瞳には、そろって疑問の色が浮かんでいる。
「それで……鉄震さんには、どこへ行けば会えますか?」
「この道をまっすぐ行ってみな。ひときわ新しい家があるから、それが鉄震さんの家だ。」
大男はそう言って、一つの方向を指差した。
「ありがとうございます!」
三人は礼を言うと、大男に教えられた方向へ歩き出した。
「特別新しいって、どのくらい新し――わぁ。」
カイロスの声が途中で止まる。
そこに建っていたのは、煤で黒ずんだ家々の中に、ひときわ目立つ真っ白な一軒家が建っていた。
「……確かに、これは『特別新しい』ね。」




