第十四話 自我
コウシンはたった一人で、再建された我が家へと戻った。
地面に落ちたままの風鈴を目にしたその瞬間――
張りつめていた心が、ついに限界を迎えた。
彼女はもう堪えきれず、その場に崩れ落ちると、声を上げて泣き続けた。
目を覚ましてからというもの、彼女は一滴の涙も流さなかった。
たった一人で両親の死を受け入れ、たった一人で職人たちに家の再建を依頼し、そして、たった一人で父と母の風鈴を取り外した。
そのすべてを、彼女は独りで背負ってきた。
彼女は泣くことができなかった。
泣いてしまえば、すべてが現実になってしまう気がしたから。
それどころか、あの見知らぬ男の顔さえ、まともに見ることはできなかった。
見たくなかった。
見てしまえば、きっと泣いてしまう。
だから、見なかった。
泣くわけにはいかなかった。
この家に残された最後の一人は、自分なのだから。
自分まで弱くなってしまうわけにはいかなかった。
あの頃の彼女は、ただの普通の少女だった。魔法を使うことはできなかった。
体内には、自分のものではない魔力が残っていたからだ。
その魔力が彼女自身の魔力の流れを阻み、本来の魔力を正常に巡らせることができなくなっていた。
「その魔力を取り出してやろう。」
あの見知らぬ男が、再び姿を現した。
その手には、彼は魔獣の大きな後ろ脚の肉を一本、豪快に肩へ担いでいた。
「……この魔力を、このまま残しておくことは……できますか?」
「……できない。今のお前の力では、その魔力を抱えたまま自分の魔力回路を無理やり開くのは、あまりにも危険だ。」
「……少し考えさせてくれ。」
コウシンは俯いたまま、それ以上何も答えなかった。
男は小さくため息をつくと、傷だらけの大きな手で彼女の肩をそっと叩く。
そして、そのまま静かに家を後にした。
屋内には、再び彼女一人だけが残された。コウシンは黙ったまま、その場に座り続けた。
体内の魔力を取り出せば、再び自分の魔力を使えるようになる。
だが、その魔力を受け止める器がなければ――その力は、ただ消え去るだけだった。
それは――鋼魯がこの世界に生きていたことを示す、最後の証だった。
だからこそ、彼女は失いたくなかった。
コウシンはゆっくりと立ち上がり、固く閉ざされた扉へと視線を向けた。
あの見知らぬ男が、もう帰ってしまったのか、それともまだ外にいるのかは分からない。
――けれど、きっと自分は、彼の厚意を裏切ることになる。
コウシンは深く息を吸い込み、無理やり体内の魔力を巡らせ始めた。
――だが、その瞬間。
二つの魔力は激しく反発し合い、互いを拒絶するように体内で荒れ狂った。
暴走した魔力は全身を駆け巡り、引き裂かれるような激痛がコウシンを襲った。
あまりの苦痛に、彼女はその場に立っていることさえできなくなり、身体が大きくよろめいた。
コウシンは歯を食いしばり、全身を貫く激痛に耐えながら、それでも決して止まろうとはしなかった。
何度も、何度も。
二つの魔力を一つに溶け合わせようと、幾度となく試み続けた。
「ああああっ――! 目が……っ!!」
コウシンは苦悶の声を上げ、その場に膝をついた。
両手で右目を強く押さえつけた。
次の瞬間――
右目から無数の光が溢れ出した。
眩い輝きは一瞬にして部屋全体を包み込み、あらゆるものを白く染め上げていく。
「お前、正気か!? 無理やり融合させるつもりなのか!」
男は勢いよく扉を押し開けた。
目の前の光景を見た瞬間、その表情が凍りついた。
彼は慌ててコウシンのもとへ駆け寄り、手を伸ばして止めようとした。
だが――どこに触れればいいのか分からない。
下手に手を出せば、かえって彼女の魔力の均衡を崩してしまう。
男は歯を食いしばり、伸ばした手を震わせたまま、立ち尽くすことしかできなかった。
無理に手を出せば、二つの魔力が同時に暴走しかねない。
そうなれば、融合どころでは済まない。
――コウシンは、その場で命を落とす可能性すらあった。
「やめるんだ!」
「嫌……! 絶対に、この魔力を消したくない!」
コウシンの身体は激しく震え続けていた。
意識を失いそうになるほどの激痛に襲われながらも、それでも彼女は決して魔力の流れを止めようとはしなかった。
――だが、その時。
激しくぶつかり合っていた二つの魔力が、不意に穏やかさを取り戻し始めた。
荒れ狂っていた奔流は少しずつ一つへと溶け合い、部屋を満たしていた眩い光も、ゆっくりとその輝きを失っていく。
「……よかった……」
コウシンは胸元へと吸い込まれるように消えていく光を見つめ、ようやく――心の底から微笑んだ。
だが、その次の瞬間――
頬に、温かなものが伝う感覚が走った。
思わず頬に手を伸ばした。
その手を見下ろした瞬間――コウシンは息を呑んだ。
両手は、鮮血で真っ赤に染まっていた。
その鮮烈な赤は、先ほど鏡に映し出されていた鮮血と、寸分違わぬ色だった。
――待て。
鏡……?
コウシンははっと我に返った。
気づけば、自分はまだこの奇妙な空間の中にいた。
コウシンは戸惑いに満ちた眼差しで、ゆっくりと周囲を見回した。
なぜ自分が過去を見せられたのか。
そして、この先にはいったい何が待ち受けているのか。
その答えは何一つ分からないまま、彼女は警戒を滲ませながら、静寂に包まれた空間へと視線を巡らせた。
その時――
突如として、無数の鏡が一斉に震え始めた。
鏡は音もなく動き出し、それぞれが空間の中を滑るように移動していく。
やがて、一枚の鏡がコウシンの正面でぴたりと止まった。
鏡の中に映し出されていたのは、百錬塔の最上階にある議事庁。
議事庁に集う者たちは一斉に頭を垂れ、声を揃えて唱和した。
「――大鍛將様、お目通りを。」
誰一人として反対する者はいない。
疑問を口にする者もいない。
そこにいる誰もが、彼女を大鍛將として認めていた。
――だが、その隣に立つ者は誰一人としていなかった。
鏡が音もなく横へと滑り、代わりに別の一枚がコウシンの前で静かに止まった。
鏡の中に映し出されていたのは、見慣れたあの小さな家だった。
幼いコウシンは父と母の腕に優しく抱かれ、何の憂いもない、無邪気な笑顔を浮かべていた。
その笑顔は、見ているだけで胸が温かくなるほど幸せに満ちていた。
まるで、その温もりに包まれたまま、永遠に眠っていたくなる――そんな穏やかな光景だった。
三枚目の鏡が、ゆっくりとコウシンの前へ滑ってきた。
そこに映し出されていたのは、地下深くに築かれたあの巨大な魔導炉。
正式に起動した魔導炉から、幾筋もの黄金色の光が四方へと流れ出していく。
その輝きが通り過ぎた場所では、枯れ果てていた大地に再び緑が芽吹き、瀕死の重傷を負っていた人々も次々と立ち上がっていった。
四枚目の鏡に映し出されていたのは、活気に満ちた光明市集だった。
そこには肩書きも、特別な身分もない。
彼女はただ一人の少女として、小さな露店に立ち、自分の好きなことをしていた。
疲れたら店じまいをし、家へ帰って食事をして、眠りにつく。
ただそれだけの日々。
平凡で、穏やかで――それでも何より満たされた暮らしが、そこにはあった。
コウシンは四枚の鏡に囲まれるように、その中央に立っていた。
その時――
どこからともなく、聞き覚えのない声が静かに響いた。
「お前は、どんな人間になりたい?」
「私は……」




