⑥砂沼を紹介しようⅡ
(内容)砂沼紹介回の別バージョン
砂沼紹介が結構評判が良かったようなので、もう一周して来て。
「ほっだらごど言ってもよお、砂沼は砂沼だべ。別に変り栄えもしねべ」そう言いながらルアンが退屈そうにあくびをする。
「まあ、何か新しいこともあっかもしんねえがら、まずは行ってみましょう」
大河に促され、大地、朱里も続く。するとそこに野良猫がやってきた。
「おお、ヨコヅナでねえが! 久しぶりだべ!」大地がそう嬉しそうに言ってしゃがみ込む。
ヨコヅナ、と呼ばれた猫は茶色の大きな体躯を左右に揺らしながら大地に寄って来た。
「こいづは、釣りしてるじいさんたちの魚を食らいに食らって、ここまでえがぐなったんだべ」
「名前付けたのは大地さんですか?」
「違う違う。じいさんらがそう呼んでだ。誰が付けたかはわがんね」
ゴロゴロ喉を鳴らしながら、ヨコヅナはひっくり返る。大地は腹を撫でてやった。
朱里はポシェットから小さな猫用のコームを取り出して、腹を梳ってやる。
「朱里は猫飼ってもねえのに、猫用の櫛持ち歩いてんのが?」
大河に問われ朱里は頷く。スマホに、
ーー砂沼散歩する時は
と入力して見せた。
ーーあとチュールも
「準備万端すぎっぺ。……砂沼は釣りしてる人が多いので野良猫もたくさんいます。じゃあ、今日は野良猫紹介をしてぎだいと思います」
テーマも決まり、四人は砂沼の遊歩道をのんびりと歩いていく。
日曜日の午後。
ジョギングに興じる青年、犬の散歩をする子ども、おしゃべり好きな婦人たち(うぢのばあさん、今日もデイサービス行がねで困ったよー! デイサービス行ってぐれねどうぢでお風呂さ入れんの容易でねえんだ! ほだいなー。ほら骨折れっぺよー)とすれ違いながらも、「こんにちは」とあいさつを交わしていく。
ベンチに丸まって寝ている白猫がいる。
「おお、あれは、アヤメちゃんだべ」大地が近寄った。
猫は半目を開けて大地を見上げる。
「こいづはアヤメちゃん。何でかってえと、ここの池の前にあるアヤメがよぐ見えるここのベンチがお気に入りで、いっづもここにいんだ」
背中を撫でる大地の手をぺろぺろと舐めてくる。
「穏やかな猫で、ケンカしてんのなんちゃ一度も見たこどね。子どもにも撫でさせてやるし、年寄にもそっと寄り添っていぐし、優しい心根してんだ。『ちゃん』が付いてんのもアヤメちゃんだけだべ」
朱里はすかさずポシェットからチュールを出して口元に持っていってやる。旨そうにぺろぺろと舐めた。
「誰が猫の名前付けてるんですか?」
「知らね。……大方釣りのじいさんたちだろう。じいさんら暇だしな」
砂沼庵の前を通りかかると、大きめの灰色のまだらの猫と小さな猫四匹が駆け回っている。
「あら(注:あれは)……」大地は凝視しながら考え込む。
「しばらく見てねがっだが、……あら、お茶っ子だべ」
「お茶っ子?」ルアンが頓狂な声を上げる。
「名前がお茶っ子。あいづはなんでか砂沼庵の座敷さ上がりたくって仕方がねえんだ。でも畳だから爪砥がれちまったら大変だべ? だから、いづもお茶の先生に追ん出されんだけど、なっかなか諦めねえんだ。だからよっぽどお茶が飲みてえんだべ、って言われでで名前もお茶になった。子どもが出来て、今度は親子してお茶飲みたがってんだ」
「小っちぇえ方の名前はあんのが?」
「さあ、知んねえな。まだあの小っこい感じじゃ生後一~二か月ぐらいだっぺから、まだ決まってねえがもしんねな。今度釣りしてるじいさんに聞いてみべ」
お茶っ子親子はあっという間に砂沼庵の方へと走り去っていった。
「あいづらまだ先生のどごに行くつもりだな?」
「おお、大地」そう舟を漕ぎ漕ぎ、砂沼の水面から声をかけて来たのは、齢八十近いのにまだまだ現役と舟貸屋を営む小松のじいちゃんである。
「小松のじいちゃん。精が出んな」大地は労った。
「おお、大河もルアンも朱里ちゃんも、散歩か?」
「ほっだらどこだ」大地が答える。「なあ、お茶っ子子ども産んだべ」
「ああ、そうだ。三匹」
「もう名前はあんのが?」
「おお、付けてやっぺっつって、カツオさんと周作さんとこないだ飲んだ時付けた」
「命名者が発見されました」大河がカメラに語り掛ける。
「なんて名で?」
「大き目のが抹茶。ちょっと茶色いのが麦茶。小さいのが番茶だべ」
ぶっと、大地は噴き出す。
「……全部お茶だべ」
「だってあいづら、いづもいづも砂沼庵に上がりたくて精出してんだもんよ。お茶の先生もあんなに年中お茶っ子親子放り出してたらくたびれっぺ」
「全員お茶系の名前が決められていたそうです」大河が解説する。
次に四人は橋を渡って野球場の方へと歩みを進めた。
釣りをしている、というよりも釣り糸を垂れながら眠っているじいさんのバケツに顔を突っ込んでいる、黒猫がいた。
「おお、あらキュウジだべ!」
「キュウジ?」ルアンが眉を顰める。
「ほだ。あいづは凄いど。前、ここで中学生の野球の試合があってな、どえれえホームランを打った子がいたんだ。球場超えてポーンって球さ飛んでっでどこ行ったがわがんねって言った時、あいづが砂沼の畔の草むらでホームランの球見っけてな。こいづの球への執念はすばらしいことだべっつって、球児って名付けたられたんだ」
「前世では外野守ってたんだっぺ」ルアンも頷く。
「ほだっぺな」大河も納得する。
キュウジはバケツの中から魚を一匹盗んで走り出す。
「盗塁も見事だべ」ルアンは唸った。
その後も砂沼を一周する頃には、三毛猫のチョウチン(花火大会の日、砂沼を一周するように飾られる商工会の提灯に片っ端から爪とぎをしたことから命名)、白と黒のまだら猫のフネ(貸し舟に乗り込むこと未遂も含めて数知れず)、茶色と白の猫のアイス(砂沼庵で夏場だけ呈されるアイスクリームが大好きでしばしば狙ってくることから)、錆猫のトウキビ(砂沼近くのトウモロコシ畑でトウモロコシを盗み食いしたことによる)を発見して、そして帰って来た。
「猫に会いたい人はぜひ砂沼に来てください」大河が最後そう述べて、撮影は終わった。
「一体何の動画だべ……」ルアンが呟く。「俺ら本当にバンドなんだべか……」
コメント欄
カナダ
「They're back!」
(また来た!)
ノルウェー
「I don't even care.I could watch them walk around this place forever.」
(もう何でもいい。この人たちが砂沼を歩くだけで見ていられる。)
カナダ
「He knows every cat personally...」
(猫を一匹一匹知ってるのか……。)
ブラジル
「SHE CARRIES A CAT BRUSH EVERY DAY???」
(朱里は毎日猫用ブラシを持ち歩いてるの!?)
イギリス
「Wait...The cat wants to attend tea ceremony?」
(待って。茶道に参加したい猫なの?)
スイス
「Old fishermen naming kittens after tea...This is cinema.」
(釣り人のおじいさんが子猫にお茶の名前を付ける。映画みたいだ。)
オーストラリア
「Every cat here has lore.」
(この町の猫、全員に設定がある。)
台湾
「Metal band? Never heard of them.」
(メタルバンド?知らないな。)
フィンランド
「I subscribed for the music. I stayed for the cats.」
(音楽で登録した。猫で居着いた。)
ブラジル
「Every time Ruan questions this channel, he speaks for all of us.」
(ルアンが『このチャンネル何なんだ』と言うたびに、視聴者全員の気持ちを代弁してくれてる。)
ドイツ
「I came here because they played Wacken. I ended up memorizing the names of neighborhood cats in a small Japanese town. I have absolutely no regrets.」
(ヴァッケン出演がきっかけでこのチャンネルを見始めたのに、気づけば日本の小さな町にいる野良猫たちの名前を全部覚えてしまった。後悔はまったくない。)




