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⑤朱里お任せ回

(内容)朱里お任せ回

 バンドに興味を持った人が真っ先にコンポーザーたる朱里に関心を持つのは必然である。よって、何でもよいから朱里主役の動画を撮るように。そうイダからの指示であった。

 料理回では常軌を逸してルアンの足を引っ張り、梨畑回では何一つ用をなさなかった朱里であるが、「おめ、何ができんで?」と大河に問われ、即座に「いろいろできる」とメモを見せその自信を覗かせた。

 「色々って何だべ」不審げに問う大河に、朱里は、

 ーー茶道 日舞 生け花

 えっへん、と胸を張る。

 「……じゃあ、何にすべ?」

 朱里はしばらく考え、

 ーー日舞にする みんな 手伝って

 と書いた。

 手伝う、と言っても何を手伝うのか。誰も日舞を踊れる人などいるわけがない。

 ーー耳コピしてきて 『藤娘』

 大地と大河、ルアンはそう言われて早速動画を探す。ーー藤娘、あった。

 「なんだべこらあ」最初に音を上げたのはルアンである。「ずいぶんのんびりしてんでねえのが。BPM5ぐれえしかあんめ。こっだのやっだら脳みそ止まっちまうべ!」

 「俺らの曲と大違いだべ」さすがの大河も目を丸くする。

 「こっだの耳コピしてどうすんで?」と大地。

 「朱里が踊るからバックで演奏してほしいんだと」

 三人は顔を見合わせる。

 しかし朱里がそう言うなら、と三人はそれぞれの楽器を手に、長唄、などという今まで聞いたこともないジャンルの曲の音を採っていく。大地はギターに加え唄もやらなければならない。


 ♪ 裾もほらほらしどけなく 鏡山人のしがよりこの身のしがを 

 ♪ かへりみるめの汐なき海に娘姿の恥かしや 


 眉根を寄せながら一応唄ってはみる。しかし到底やる気にはならない。ルアンはあくび混じりにスティック一本で、とん、とん、とスネアを叩いた。大河も、それぞれぼん、ぽん、と弦をたどたどしく弾いていく。

 「まあ、こんなもんだべ」ルアンが大あくびしながら言った。

 「おめ、いまちっとやる気出せな」大河に言われて、

 「別にいいべよ。朱里が踊ってればファンはそれで満足すんべから」


 そして、収録当日。朱里宅にて。

 朱里は着物を纏い、なにやら傘と藤の枝まで持ち込んで茶室に静々と登場した。

 三人が呆気に取られているところ、こっちへ来て、と茶室の端に三人を並ばせる。ここで弾いて、ということなのだろう。

 「カメラはこのへんでいいべか?」大河が、茶室の中心を写すようにカメラをセットする。

 朱里は満足げに頷いた。

 ーースタート

 朱里はそう書いたメモを見せる。ルアンはしぶしぶ、トン、トン、と持ち込んだスネアをスティック一本で叩いた。大地と大河もそれに合わせて、ポン、ポンと弦を弾いていく。


 ♪ 津の国の 浪花の春は夢なれや 早や二十年の月花を 

 ♪ 眺めし筆の色どりも書き尽くされぬ数々に 山も錦の折を得て 故郷へ飾る袖袂 


 一応覚えてきたのかと、大河は目を見張って大地を見た。

 そこに朱里が藤の枝を持って、腰も低く登場する。

 ーーなんだべこら

 ルアンはもう既に眠くなっている。

 大地と大河は思い出し思い出し、長唄『藤娘』を奏でていく。間違えているかもしれない、でももうどうでもいい。

 朱里が優雅な佇まいで傘を被り、藤の花を振りながら踊るのである。

 ーーこら、いづ終わるんだべかな

 ルアンの口から思わずあくびが出る。トン、トン。一応スネアは叩くものの、そもそも長唄を演奏するのに、楽器がスネアだのエレキギターだのでいいのか、今更ながら疑問が生じる。

 ーーおめ、あくびすんでねえよ。

 唄の部分を終えた大地が非難がましい目でルアンを睨んだ。

 ーーほっだごど言ったってしゃあんめよ。屁でねえだけありがてえと思え。

 コソコソと耳打ちする。

 思わず大地はぶっと吹き出しそうになる。なんとか耐える。そして、ボン、ボン、ギターの弦をかつてない遅さで弾く。

 朱里は指先、足さばき一つ一つ丁寧に舞いを舞っている。

 ーーあいづ、そういえば小っちぇえ頃からこんなのよぐやってたな。

 大地は思い出す。たしか幼稚園の謝恩会か何かで、朱里がこんな踊りを踊って、大人たちが盛んに絶賛していたのを思い出す。たしかにあれは可愛らしかった。踊りには全く興味のない大地でさえ、ますます人形様にそっくりだと感心したくらいである。

 朱里は小首をかしげたり、腰を落としたり、藤の花を揺らめかせながら踊る。

 そして、ようやく、終わった。

 大河がカメラを切る。

 「ふー、終わった終わった」ルアンがそう言って大して使ってもいない肩を叩いた。

 「いんや、静かな曲っつうのは緊張しちまうな」大地も勝手に一仕事終えたような顔で伸びをする。

 ーーますますこっだの誰が観んだべ、メタルのメの字もあんめな、と大河は思うが、いやに満足げな朱里のプライドを傷つけることはしたくないので黙っている。

 しかし予想外なことに、この動画は日本文化に興味を持つ海外勢に予想外なまでの人気を博することになった。

 それで続編『鷺娘』、『道成寺』と朱里は意欲的に提案しては躍り、そしてルアンと大地、大河は眠さと戦いながら伴奏を強いられることとなるのである。


コメント欄

イタリア

「She looks like she stepped out of a painting.」

(彼女は絵画から出てきたようだ。)


フランス

「I was expecting comedy.I wasn't expecting elegance.」

(笑う準備をしてたのに、美しさで黙らされた。)


ベルギー

「She's clearly trained.This isn't just a hobby.」

(明らかにきちんと習っている。)


日本(海外在住)

「指先まで意識されていて、とても丁寧。」


カナダ

「The contrast between the graceful dance and three confused metal musicians is incredible.」

(優雅な舞と、戸惑うメタルバンド三人の対比が最高。)


ブラジル

「'At least I'm not farting.'Legendary quote.」

(「屁でねえだけありがてえと思え」は名言。)


イギリス

「Watching metal musicians slow themselves down this much is strangely entertaining.」

(超高速演奏の人たちがここまでゆっくり弾くのが面白い。)


スイス

「He's going to spend the rest of his career playing BPM 5.」

(これからの人生、BPM5担当だな。)


ノルウェー

「Thank you for introducing traditional dance without making it feel like a museum exhibit.」

(博物館の展示みたいではなく、自然な形で日本舞踊を紹介してくれてありがとう。)


ブラジル

「I came for metal.Today I learned something about Japanese performing arts.」

(メタル目当てだったのに、日本舞踊を学ぶことになるとは。)


フィンランド

「This channel keeps reminding me that culture isn't only music.」

(文化は音楽だけじゃないんだと、このチャンネルは教えてくれる。)


アメリカ

「Only this band could make a video where a traditionally trained dancer performs Fuji Musume, three exhausted metal musicians accompany her with complete sincerity, and somehow everyone ends up respecting Japanese culture even more.」

(本格的な日本舞踊『藤娘』を舞う人、その伴奏を真剣に務める疲れ切ったメタルミュージシャン三人――こんな組み合わせで、結果的に日本文化への敬意が深まる動画を作れるのは、このバンドだけだ。)


台湾

「Daichi can survive a two-hour metal set, but Fuji Musume is his true endurance test.」

(2時間のメタルライブは耐えられる大地でも、『藤娘』こそが本当の持久戦らしい。)

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