②砂沼を紹介しよう
【その2】砂沼案内編
とにかく四人は、砂沼で遊びながら大きくなった。砂沼でに育てられたと言っても過言ではない。それを紹介する映像であった。
「こういうのなら楽だっぺ」ルアンがそう言ってほくそ笑む。「山登りだの川下りだの、ほっだのはバンドマンに相応しくねえべ」
ならば砂沼紹介も似たようなものであるはずであるが、とにかく体力的に楽であればそれでよいのである。
「それでは砂沼を案内します」大河が几帳面にカメラに語りかけながら、遊歩道をカメラで映した。
「まずは桜です。春になるといっぱい咲きます」と言っても今はただの何の変哲もない木である。「大地がよく木登りして落っこちてました」
次に沼を映す。
「小さい頃はよくここで釣りをしました。ブラックバスがよく釣れます」
そこに釣りに興じる地元のじいさんたちと、魚のお裾分けを狙う野良猫たちが写り込む。
「おめら、何やってんでえ?」じいさんが振り向いて言った。
「砂沼の映像撮ってんだよ」大地が答える。
「なんでえ?」
「俺もわがんね」そう言って大地は肩をすくめる。
野良猫が大地の足元に摺りついてくる。「何もあげれねど」と言いながら抱き上げる。うにゃう、と鳴いた。
大地は猫を抱いたまま、しばらく歩いた。
「大地がここで二回溺れました」カメラは砂沼の真ん中を映す。
「……ほだな」即座に大地が認める。
「一回目は、大河が泣きながら母ちゃん呼びに走って戻って、二回目は俺がさっきのじいちゃんらに助け求めました」ルアンが丁寧に説明する。
「あすこの貸し舟屋で借りた舟で真ん中まで行って釣りすべってなって、あの、あそこ、……今マガモがいる辺りまで行ったら、大地が突然立ちあがってドボンって落ちました」
「ほっだらごと、よく覚えてんなあ」大地が感心する。
「忘れられるもんでねえべ」大河が睨む。
「次が八幡神社」大河が鳥居を見上げるようにしてカメラで映す。
「ここは、クワガタとカブトの聖地だべ!」大地が嬉しそうに語る。そうして抱いていた猫を放した。うにゃう、と言って走っていく。
「夏休みは朝五時に来てな。前の夜にここさ、はちみつ塗っどぐと、たんまり捕れんだ!」
「俺と大地はまいんち来てた」ルアンが懐かしそうに微笑む。
「俺は寝てました」と大河。「朱里も興味ありませんでした」
大地はじゃんがじゃんがと鈴を大音鳴らし、ぱんぱん、と柏手を打った。振り返って、「なんでもかんでもここでお願いすんだ」
「最近は何をお願いしましたか?」大河が問う。
「ほだなあ……」しばらく考え「うぢの梨の豊作だな。あと、スイカ食われねえようにって」
「もうバンドの映像でねえべ」ルアンが呆れる。
「次は砂沼庵」
四人は遊歩道を歩く。観桜園と名付けられた公園では、家族がキャッチボールだのフリスビーだのに興じている。近所の年寄りたちもベンチでくつろいだり、子どもたちもローラースケートをやったりゲームをやったりと、なかなかの盛況である。
「……子供ん頃はよぐここで、遊びました」大河が語る。
「釣りやった後、ここのベンチで昼寝しました」とルアン。
そして砂沼庵に着く。一言で言えば、茶屋である。
緑茶に麦茶、番茶にほうじ茶。大抵のものは揃っており、しかも美味しくも美しい季節ごとの和菓子が供されるとあって、人気は高い。
「今日は特別に、抹茶体験をします」
それで、いつもであれば、縁側に座って茶を啜るだけであるが、今日は中の座敷に入ることとなった。
そこにはきちんと着物を着たお茶の先生がいて、その先生に習い、四人はそれぞれ抹茶を立てる手筈となった。
しかし、
「いででで」すぐに正座に音を上げたのがルアンである。「あぐらでもいいですか?」
「ええ、遠慮なくどうぞ」
「俺も」大地も早速脚を崩す。
背筋を伸ばし、素人目にもそれとわかるなんとも美しい所作で抹茶を立て始めたのは、朱里であった。
「まあ、結構なお点前ですこと」思わず先生が感嘆する。
「茶道のご経験が?」
朱里は小さく頷く。
「朱里んちは母ちゃんがこんなの、よぐやってだな」大地に言われ、再び頷く。
「朱里……ああ鈴木先生のところの」先生は合点が言ったとでも言うように、何度も頷きながら朱里の所作を見守った。
「……朱里は上手です。母ちゃんに習っでたみてえです」大河がこっそりカメラに呟いた。
四人はそれぞれ抹茶を呑み、餡の入った花形の練り菓子を食べた。
「うめえ」思わずルアンが顔を綻ばせる。
「うん、うめえな」大地も満面の笑みで答える。
「抹茶がちょっと苦いけど、和菓子は甘くてうまいです。いいバランスです」いかなる時にも撮影の趣旨を忘れぬ大河が丁寧に解説する。
「ごちそうさまでした」
四人は深々とお辞儀をすると、再び砂沼の遊歩道を歩く。マガモの親子、釣りに興じるじいさん、ジョギングする青年、いちいち挨拶を交わしながら一周約6kmの道のりを歩いた。神社、公園、茶屋、野球場、今は亡き公園付きのプール砂沼サンビーチ。しっかり散策して、とりあえず砂沼紹介回は終わった。
こんなローカルな映像を観ようとする人はほとんどいない。
しかしこれも何の因果か、ヴァッケン出場後に一気に海外ファンを中心に視聴回数が伸びていく。
アメリカ
「『ここで二回溺れました』そんな紹介の仕方あるか?」
カナダ
「本人が普通に認めてるのが一番笑った。」
イギリス
「友達が溺れた場所を観光案内するバンドを初めて見た。」
オーストラリア
「先生の表情だけですべて伝わる。」
ギリシア
「猫まで出演してる。完璧なVlogだ。」
ブラジル
「猫が大地に一直線に寄っていく。動物に好かれるタイプなんだな。」
オランダ
「地元のおじいさんが
『何やってんでえ?』
『俺もわがんね』
ここで吹いた。」
フランス
「彼ら自身も動画の趣旨を理解してないのが最高。」
茶道への注目も著しかった。
スウェーデン
「動きが完全に玄人のそれだ。」
イギリス
「That transition from metal to traditional Japanese culture is beautiful.」
(メタルから日本の伝統文化への切り替わりが美しい。)
ブラジル
「She didn’t become elegant.
She already was elegant.」
(彼女は上品になったんじゃない。最初から上品だった。)
アメリカ
「This is why I love Japanese bands.They don’t separate modern life and tradition.」
(日本のバンドが好きな理由がこれ。現代と伝統が自然につながっている。)
ノルウェー
「茶道の所作の方がBPM250の16分刻むリフより正確だ。」
スイス
「This is why I love Japanese bands.They don’t separate modern life and tradition.」
(日本のバンドが好きな理由がこれ。現代と伝統が自然につながっている。)
思いがけず朱里の幼少期からの習い事が、海外のファンをより惹きつける結果となったのである。




