春
春。
桜が、街をやさしい色に染めていた。
優月は小学四年生。
結愛は年中さんになった。
朝。
新しいクラスの話で、二人ともそわそわしている。
「どんなせんせいかな!」
「ゆあ、うさぎぐみかな!」
「それ動物園じゃない?」
僕、吹き出す。
唯ちゃんは、お弁当を作りながら笑っていた。
「でも、ありそう」
結愛は本気だった。
新学期初日。
玄関で靴を履く優月が、ふと真面目な顔になる。
「……ねえ、ぱぱ」
「ん?」
「なんか、ちょっときんちょうする」
僕はしゃがんで、優月と目線を合わせた。
「新しいことって、ちょっと怖いよね」
優月は頷く。
「でも」
僕は笑った。
「優月は、ちゃんと前に進める子だよ」
その言葉に。
優月は、小さく笑う。
「……うん!」
その横で。
結愛は靴を左右逆に履いていた。
「できた!」
「逆ぅ!!」
朝から大騒ぎ。
でも。
そんな時間が、なんだか愛しかった。
数週間後。
優月の学校で、“家族の絵展示会”が開かれることになった。
放課後。
家族みんなで見に行く。
廊下には、色んな家族の絵が並んでいた。
笑ってる家族。
旅行してる家族。
ご飯食べてる家族。
その中に――
優月の絵もあった。
タイトル。
『いつものうち』
そこには。
リビングで笑ってる四人が描かれていた。
唯ちゃんは本を持って笑ってる。
結愛はうさぎのぬいぐるみ抱えてる。
僕は――
やっぱり転びそう。
「なんで毎回!?」
優月、大笑い。
「だって、ぱぱっぽい!」
結愛まで指差して笑う。
「ころぶぱぱ!」
完全にキャラ固定。
でも。
その絵を見ていたら。
なんだか胸が温かくなった。
“特別な日”じゃない。
旅行でも。
イベントでもない。
ただ、家で笑ってるだけ。
でも。
優月にとっての“幸せ”は、その普通の時間なんだと思った。
唯ちゃんは、静かにその絵を見つめていた。
「……嬉しいね」
僕は頷く。
本当に。
何気ない毎日が、ちゃんと子どもたちの心に残っている。
帰り道。
桜の花びらが、風に乗って舞っていた。
結愛は、それを追いかけて走る。
「まってぇぇ!」
もちろん転ぶ。
ぺたん。
僕と優月、同時に走る。
でも。
結愛は自分で起き上がって笑った。
「へへっ」
強くなったなぁ。
その時。
優月が、ふと僕へ聞いた。
「ねえ」
「ん?」
「ぱぱとままも、ちいさいころあった?」
僕は笑う。
「もちろん」
「どんなだったの?」
僕は少し考える。
「いっぱい失敗してたよ」
唯ちゃんも笑う。
「ママも泣き虫だった」
優月と結愛、びっくり。
「えぇぇ!?」
なんだか信じられないらしい。
でも。
大人も最初から大人じゃない。
迷って。
転んで。
泣いて。
そうやって、少しずつ“誰かを守れる人”になっていく。
夜。
子どもたちが眠ったあと。
僕は、優月の描いた絵をもう一度見ていた。
クレヨンの線。
少し曲がった文字。
そこに描かれていたのは。
“笑ってる家族”。
それだけだった。
でも。
それが一番、幸せなことなのかもしれないって。
僕は静かに思った。




