何より幸せだった
夏。
セミの声が、朝から元気に鳴いていた。
結愛は、幼稚園へ通い始めていた。
最初の日。
小さなリュックを背負って、玄関で緊張している。
優月は、そんな結愛の前へしゃがんだ。
「だいじょうぶ!」
結愛、不安そう。
「……ままもいく?」
唯ちゃんは苦笑い。
「ママは行けないなぁ」
すると結愛、今にも泣きそう。
その時。
優月が、そっと結愛の手を握った。
「ゆづきも、さいしょこわかったよ」
結愛、じっと姉を見る。
「でもね」
優月はにこっと笑った。
「たのしいこと、いっぱいある!」
その言葉に。
結愛は、小さく頷いた。
僕は、その光景を見ながら思う。
優月、本当にお姉ちゃんになったなって。
幼稚園へ向かう道。
結愛はずっと優月の手を握っていた。
ぎゅーっと。
離れない。
でも門の前へ着くと。
先生が優しく迎えてくれる。
「結愛ちゃん、おはよう!」
結愛は、僕たちを見て。
先生を見て。
また僕たちを見る。
そして――
「……いってきます」
小さな声。
でも。
ちゃんと言えた。
唯ちゃん、即涙。
「だめぇ……成長が……」
僕も胸が熱くなる。
結愛は、何度も振り返りながら教室へ入っていった。
その後ろ姿が、小さくて。
でも、ちゃんと前を向いていた。
帰り道。
唯ちゃんがぽつりと言う。
「子どもって、すごいね」
「うん?」
「怖くても、ちゃんと進むんだね」
僕は頷く。
優月も、そうだった。
泣きながら保育園へ行った日。
ランドセルが大きすぎた日。
少しずつ。
少しずつ。
“自分の世界”を広げてきた。
そして今。
結愛も、その一歩を踏み出している。
午後。
結愛が帰ってきた。
ドアが開いた瞬間。
「たのしかったぁぁ!!」
超元気。
朝の不安、消滅。
僕と唯ちゃん、吹き出す。
優月なんて得意げ。
「ほらね!」
結愛は、靴も脱がずに喋り始める。
「おともだちできた!」
「おえかきした!」
「うさぎいた!!」
最後だけテンション違う。
やっぱり姉妹だった。
夜。
ご飯を食べながら。
結愛が突然、優月へ言った。
「ゆづきねぇね!」
「ん?」
「ありがとう!」
優月、きょとん。
結愛はニコニコしながら言う。
「こわくなかった!」
その言葉に。
優月は少し照れくさそうに笑った。
「えへへ」
僕と唯ちゃんは、静かに顔を見合わせる。
昔。
優月も、誰かに支えてもらって育ってきた。
そして今。
今度は、自分が誰かを支える側になっている。
その成長が、嬉しかった。
夜更け。
子どもたちが眠ったあと。
僕は、リビングに置かれた二つの小さなリュックを見つめていた。
一つは少し大きくて。
一つはまだ小さい。
でも。
どちらも、“今日を頑張った証”みたいに見えた。
唯ちゃんは、隣で温かいお茶を飲みながら笑う。
「また思い出増えたね」
僕は頷く。
毎日、何かが変わる。
子どもたちは大きくなっていく。
でも。
その変化を、こうして隣で見守れることが。
何より幸せだった。




