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その七

しばらく笑っていた唯ちゃんは、不意に立ち上がった。

「ねえ、ちょっと待ってて」

棚の下をごそごそ探して、小さなBluetoothスピーカーを取り出す。

スマホを繋ぐと、静かなピアノの伴奏が部屋に流れ始めた。

「カラオケ、好きなんだ」

唯ちゃんは少し照れくさそうに笑った。

「意外?」

「ちょっとだけ」

「ひどいなぁ」

そう言いながら、唯ちゃんはマイクもないのに、自然に歌い始めた。

優しいバラードだった。

名前も知らない曲なのに、

なぜか胸の奥にすっと入ってくる。

唯ちゃんの声は綺麗だった。

ただ上手いだけじゃない。

寂しさも、優しさも、

誰にも言えなかった気持ちも、全部混ざった声だった。

僕は気づけば、言葉を失っていた。

歌い終わると、唯ちゃんは少し恥ずかしそうに笑う。

「……そんな見ないでよ」

「ごめん。聴き入ってた」

「ほんと?」

「うん。なんか、泣きそうになった」

唯ちゃんは驚いたように目を瞬かせる。

それから、小さく息を吐いた。

「歌ってる時だけはさ、全部忘れられるんだよね」

「全部?」

「嫌なこととか、不安とか。自分が何者かとか」

唯ちゃんは窓の外を見ながら続けた。

「歌って、不思議だよね。たった数分なのに、人の心変えたりするから」

その横顔を見ながら、僕は思う。

唯ちゃん自身が、誰かの心を変えてることに、

本人だけが気づいてない。

「俺、唯ちゃんの歌好き」

その言葉に、唯ちゃんは静かにこちらを見る。

「……ほんとに?」

「うん。ずっと聴いてたい」

唯ちゃんは少し黙ってから、ふっと笑った。

「じゃあ今度、一緒にカラオケ行こっか」

「店じゃなくて?」

「うん。普通に」

“普通に”という言葉を、唯ちゃんは少し大事そうに言った。

僕は頷く。

「行きたい」

「約束ね」

唯ちゃんは小指を差し出した。

その仕草が、どこか子どもみたいで可愛かった。

僕が指を絡めると、唯ちゃんは照れたように笑う。

「……なんか変な感じ」

「何が?」

「こういうの、久しぶりだから」

その声は小さかった。

でも確かに、幸せそうだった。

そして唯ちゃんは、もう一度音楽を流す。

今度は少し明るい曲。

唯ちゃんは笑いながら、僕に手を差し出した。

「ねえ、一緒に歌お?」

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