少しずつ親になっていく
優月が年長さんになった頃。
背も少し伸びて。
言葉も、びっくりするくらいしっかりしてきた。
でも。
相変わらず、うさぎは大好きだった。
ある朝。
僕がネクタイを締めていると、優月がじーっと見てくる。
「ぱぱ」
「ん?」
「せんせいって、たいへん?」
突然の質問だった。
僕は少し考える。
「大変な日もあるよ」
すると優月は真剣な顔で頷く。
「ゆづきね」
「うん」
「せんせい、やさしいからすき」
その一言に。
僕は朝から心臓を撃ち抜かれた。
後ろで聞いていた唯ちゃんが、ニヤニヤしている。
「先生、顔真っ赤」
「うるさい」
優月はそんな僕を見ながら、くすっと笑った。
最近。
優月は、人の気持ちをよく見ている。
唯ちゃんが疲れていると、
「まま、ぎゅーする?」
って抱きつくし。
僕がため息をついていると、
「ぱぱ、がんばりすぎ?」
って聞いてくる。
たぶん。
優しい人たちの中で育ったから、優しい子になったんだと思う。
ある休日。
三人で公園へ行った。
小さい頃は、鳩を全力で追いかけて転んでいた優月も。
今はちゃんと走れる。
……たまに転ぶけど。
ブランコへ乗りながら、優月が突然言った。
「ゆづきね」
「ん?」
「しょうがっこう、たのしみ」
僕と唯ちゃんは顔を見合わせる。
もう、そんな年齢だった。
唯ちゃんは少し寂しそうに笑う。
「早いなぁ」
すると優月が、ブランコを揺らしながら続けた。
「ともだちいっぱいつくる!」
「いいね」
「あとね」
「うん」
「ないてるこいたら、だいじょぶってする」
その言葉を聞いた瞬間。
唯ちゃんの目が、少し潤む。
僕も胸が熱くなる。
あの日。
保育園で泣いていた友達へ、ハンカチを差し出した優月。
その優しさが、ちゃんと育っていた。
帰り道。
夕焼けの空。
優月は僕と唯ちゃんの間をスキップしながら歩いている。
「みてー!」
「すごい跳ねてる」
「うさぎだから!」
意味は分からないけど、楽しそうだった。
夜。
優月が眠ったあと。
僕と唯ちゃんは、リビングで昔のアルバムを見返していた。
赤ちゃんの頃の優月。
クリームだらけの顔。
初めて立った日。
初めて保育園へ行った日。
唯ちゃんは、一枚の写真を見て笑う。
そこには。
小さな優月が、僕の顔へケーキを押し付けている写真。
「これ、ほんと最悪だった」
「でも優月めっちゃ笑ってる」
二人で吹き出す。
ページをめくるたび。
思い出が増えていた。
笑った日。
泣いた日。
ケンカした日。
全部、ちゃんと“家族の時間”だった。
唯ちゃんは、アルバムを撫でながら小さく言う。
「ねえ」
「ん?」
「この子が大きくなってもさ」
「うん」
「“帰りたい家”でいたいね」
僕は静かに頷く。
いつか優月は。
もっと広い世界へ行く。
友達ができて。
夢ができて。
悩む日も来る。
でも。
疲れた時に。
悲しい時に。
「ただいま」って帰ってこれる場所でありたかった。
僕は唯ちゃんの肩を抱く。
隣の部屋からは、優月の小さな寝息。
その音を聞きながら。
僕たちは、少しずつ“親”になっていった。




