宝物
季節はゆっくり流れていった。
春が来て。
夏が来て。
また桜が咲く。
優月は、少しずつ大きくなっていった。
保育園では年中さんになり。
できることも増えた。
朝。
自分で制服を着ようとして、なぜか前後ろ逆になる。
「できた!」
「逆だねぇ」
でも本人は誇らしげ。
そんな日々だった。
ある日。
僕が仕事から帰ると、リビングのテーブルに何か置いてあった。
折り紙。
そして、ぐしゃぐしゃだけど一生懸命書いた字。
“ぱぱ いつもありがとう”
僕は固まる。
唯ちゃんがキッチンから顔を出して笑った。
「今日ね、保育園で“ありがとうカード”作ったの」
僕は、その紙をじっと見つめる。
文字はまだ下手で。
“あ”が少し裏返っていて。
でも。
その全部が愛しかった。
すると後ろから。
「ぱぱー!」
優月が走ってくる。
「ゆづき、かいた!」
僕はしゃがんで優月を抱きしめた。
「ありがとう」
優月は照れながら笑う。
「えへへ」
その顔を見て。
僕は、少し泣きそうになる。
唯ちゃんはそれを見て笑う。
「先生、最近すぐ泣く」
「泣いてない」
「顔ぐしゃぐしゃ」
否定できなかった。
優月は、少しずつ“優しい子”になっていった。
ある雨の日。
保育園から帰る途中。
道端で転んで泣いている小さい子がいた。
すると優月は、すぐその子の前にしゃがむ。
「だいじょぶ?」
小さなハンカチを差し出す。
その姿を見た瞬間。
唯ちゃんが、僕の袖をぎゅっと掴んだ。
「……優しいね」
僕は頷く。
「唯ちゃんに似たんだよ」
すると唯ちゃんは少し笑う。
「あなたにも似てる」
家へ帰ったあと。
優月は、自分の絵本棚から一冊の絵本を持ってきた。
それは、唯ちゃんが描いた『おかえり、パパ』。
もう何度も読んで、少し角が丸くなっている。
優月はその絵本を開きながら言う。
「これ、すき」
唯ちゃんは少し驚いた顔をする。
「ほんと?」
「うん」
優月はページをめくる。
そこには、転んでいるうさぎパパ。
僕は苦笑い。
「やっぱそこか」
優月は大笑いしながら言う。
「ぱぱ、どてーん!」
唯ちゃんも笑っていた。
でも次のページ。
家族が並んで笑っている絵を見て、優月は小さく言った。
「これ、ゆづきのおうち」
その言葉に。
部屋の空気が、少しだけ静かになる。
唯ちゃんは、優月の頭を優しく撫でた。
「そうだね」
優月は嬉しそうに笑った。
夜。
眠る前。
僕が優月へ布団をかけると、小さな声で聞かれる。
「ぱぱ」
「ん?」
「ゆづき、おおきくなる?」
僕は笑う。
「なるよ」
「いっぱい?」
「いっぱい」
優月は少し考えてから言った。
「じゃあね」
「うん」
「ままとぱぱ、まもる!」
その言葉に。
僕は、一瞬声が出なくなった。
小さかった優月が。
抱っこされて泣いていた優月が。
今、“守りたい”って言ってくれている。
僕は優月の髪をそっと撫でた。
「ありがとう」
優月は眠そうに笑う。
「えへへ……」
そして数秒後。
すぅ……っと寝息を立て始めた。
子どもの成長は、早い。
嬉しくて。
少し寂しくて。
でも。
その一瞬一瞬が、宝物みたいだった。




