優月の夢
ある夜。
優月を寝かしつけている時だった。
部屋の明かりは小さな豆電球だけ。
優月は、うさぎのぬいぐるみを抱っこしながら、眠そうな目で天井を見ていた。
僕は隣で絵本を閉じる。
「おしまい」
すると優月が、小さな声で言った。
「ぱぱ」
「ん?」
「ゆづきね」
眠そうなのに、妙に真剣な顔。
「ゆめ、ある」
僕と唯ちゃん、顔を見合わせる。
「夢?」
優月はこくんと頷いた。
「ゆづき、おおきくなったらね」
僕たちは静かに続きを待つ。
すると優月、両手を広げて言った。
「うさぎやさんになる!」
僕、吹き出す。
唯ちゃん、ベッドに突っ伏して笑ってる。
「うさぎ屋さん!?」
優月は真剣。
「いっぱい、うさぎいるの!」
「どんなお店なの?」
優月は目をキラキラさせながら説明する。
「ふわふわで!」
「ぴょんぴょんで!」
「あとね!」
「うん」
「ぱぱ、ころぶ!」
「なんで!?」
唯ちゃん、大爆笑。
「優月の世界、パパ絶対転ぶんだ」
僕は抗議する。
「そんな転んでないでしょ」
するとその瞬間。
立ち上がろうとして、テーブルの角に膝をぶつける。
ゴンッ。
「いっっった!!」
優月、指差して大笑い。
「ころんだー!!」
唯ちゃん、呼吸できないくらい笑ってる。
「フリ完璧すぎる……!」
その夜。
優月が眠ったあと。
僕と唯ちゃんは、リビングで温かいココアを飲んでいた。
唯ちゃんは、さっきの話を思い出して微笑む。
「夢、できたんだねぇ」
僕は頷く。
「うん」
「しかも“うさぎ屋さん”」
二人で笑う。
でも。
唯ちゃんは少し真面目な顔になって言った。
「どんな夢でもさ」
「うん」
「“なりたい”って思えるの、すごく素敵だよね」
その言葉に、僕は静かに頷いた。
昔の僕たちは。
“未来”を見る余裕なんてなかった。
今日を生きるだけで精一杯だった。
でも今。
優月は、当たり前みたいに未来を話す。
“やりたいこと”を、目を輝かせて話す。
それが、なんだか嬉しかった。
数日後。
保育園で、“将来の夢”を発表する時間があった。
先生が聞く。
「優月ちゃんの夢はなんですか?」
優月は元気よく手を挙げた。
「はい!」
クラスの子たちが見る。
優月は胸を張って言った。
「うさぎやさんです!」
先生が優しく笑う。
「素敵だねぇ。どんなうさぎ屋さん?」
優月、真顔。
「ぱぱがころぶ!」
教室、大爆笑。
その日の帰り。
先生からその話を聞いた僕は、膝から崩れ落ちた。
「なんで俺、夢の被害者なの!?」
唯ちゃん、涙流して笑ってる。
優月は得意げ。
「ぱぱ、どてーん!」
家へ帰る道。
夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。
優月は僕と唯ちゃんの真ん中を歩きながら、嬉しそうに話す。
「ゆづきね!」
「うさぎさん、いっぱいにする!」
「いいねぇ」
「あとね!」
「うん?」
「ままとぱぱも、いるの!」
その言葉に。
僕と唯ちゃんは、一瞬静かになる。
優月にとっての夢の中にも。
ちゃんと、“家族”がいるんだって思った。
唯ちゃんは少し泣きそうに笑った。
「じゃあ、ずっと一緒だね」
優月は満面の笑み。
「うんっ!」
その小さな返事が。
夕暮れの空より、ずっと温かかった。




