大切な場所
保育園へ通い始めて、数か月。
優月は少しずつ、“保育園の顔”になっていった。
朝。
玄関で靴を履きながら、元気よく言う。
「きょうね、みおちゃんとあそぶ!」
僕と唯ちゃん、顔を見合わせる。
「……今、友達の名前言った?」
唯ちゃん、ちょっと感動してる。
「お友達できてる……」
でも次の瞬間。
優月、靴を左右逆に履いていた。
「みぎがひだり!」
朝から自由。
保育園へ着くと。
前みたいに泣かなくなった。
むしろ。
「せんせー!おはよー!」
って猛ダッシュ。
僕と唯ちゃん、ちょっと寂しい。
「……成長早くない?」
「昨日まで泣いてたのに」
そんなある日。
お迎えへ行くと、先生が笑いながら言った。
「今日、優月ちゃんヒーローだったんですよ」
「え?」
聞くと。
同じクラスの男の子が泣いていて。
優月が、自分のうさぎのハンカチを貸したらしい。
そして。
「だいじょぶ!」
って頭を撫でていたという。
僕も唯ちゃんも、一瞬言葉が出なかった。
唯ちゃんなんて、もう目がうるうるしてる。
「優月ぃ……」
当の本人は。
「ブロッコリーたべた!」
って全然違う報告してる。
夜。
ご飯を食べながら、僕が聞いてみる。
「優月、お友達好き?」
すると優月は、にこっと笑った。
「みんなすき!」
その答えが、優月らしかった。
でも。
もちろん平和なことばかりじゃない。
ある日。
保育園から帰ってきた優月が、珍しく元気がなかった。
リュックも投げない。
「ぱぱー!」もない。
唯ちゃんが心配して聞く。
「どうしたの?」
優月は少し黙ってから、小さく言った。
「……いやって、いわれた」
僕と唯ちゃん、胸がぎゅっとなる。
聞くと。
おもちゃの取り合いで、友達とケンカしたらしい。
優月は唇をぎゅっと結んでいた。
「ゆづき、かなしかった……」
唯ちゃんは優しく抱きしめる。
「そっかぁ」
僕も隣へ座る。
「でも、ケンカするくらい仲良くなることもあるんだよ」
優月は不思議そうな顔。
「ほんと?」
唯ちゃんが笑う。
「ママとパパもしょっちゅうケンカしてる」
「余計なこと言うな」
すると優月、急に真顔。
「ぱぱ、まける?」
唯ちゃん、爆笑。
「たしかに!」
「なんで!?」
その空気で、優月も少し笑った。
次の日。
お迎えへ行くと。
優月が、昨日ケンカした男の子と一緒に走ってきた。
しかも二人で大笑いしてる。
先生も笑顔。
「仲直りしたんですよ」
優月は得意げに言う。
「ごめんね、した!」
その顔を見た瞬間。
僕は、なんだか胸が熱くなった。
人とぶつかって。
泣いて。
仲直りして。
そうやって少しずつ、“誰かと生きる”ことを覚えていくんだなって。
帰り道。
優月は僕と唯ちゃんの手を握りながら、楽しそうに話していた。
「みおちゃんね!」
「ブランコすき!」
「あとね、あとね!」
話が止まらない。
唯ちゃんは、その横顔を見ながら小さく笑った。
「優月、世界広がってるね」
僕は頷く。
小さかった優月が。
今、少しずつ。
家の外にも、“大切な場所”を作り始めていた。




