保育園
春。
桜が咲き始めた頃。
優月が、保育園へ通うことになった。
前日の夜。
唯ちゃんは、優月の小さなリュックへ何度も荷物を詰め直していた。
タオル。
お着替え。
うさぎのハンカチ。
「忘れ物ないかな……」
僕は苦笑いする。
「三回確認してる」
「だって初日だよ!?」
優月本人は、そんな緊張を知らず。
うさぎのぬいぐるみに靴下履かせて遊んでる。
自由。
当日の朝。
優月は新しい帽子を被って、超ご機嫌だった。
「ほいくえん!」
「楽しみ?」
「うん!」
でも。
いざ保育園へ着くと。
急に、僕たちの手をぎゅっと握る。
先生が優しく声をかける。
「優月ちゃん、おはよう」
優月、固まる。
そして。
ゆっくり僕を見る。
唯ちゃんを見る。
……嫌な予感。
次の瞬間。
「いやぁぁぁぁ!!」
大号泣。
抱っこから絶対降りないモード発動。
僕と唯ちゃん、大慌て。
「だ、大丈夫だよ!」
「すぐ迎えに来るから!」
優月は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら叫ぶ。
「ままぁぁぁ!!」
唯ちゃん、もらい泣き寸前。
先生は慣れた様子で笑っていた。
「最初はみんなそうですよ」
でも。
親側のダメージが大きい。
なんとか先生へ優月をお願いして。
僕と唯ちゃんは、後ろ髪を引かれながら保育園を出た。
帰り道。
二人とも静か。
唯ちゃんなんて、完全に魂抜けてる。
「……大丈夫かな」
「先生いるし、大丈夫だよ」
「泣いてた」
「うん」
「めっちゃ泣いてた」
僕は苦笑いした。
すると唯ちゃん、小さく呟く。
「……寂しい」
その声が、少し切なかった。
家へ帰ると。
静かすぎた。
いつもなら、
「ぱぱー!」
「ままぁー!」
って声が響いてるのに。
今日は、シーンとしている。
僕と唯ちゃん、顔を見合わせる。
「……静かだね」
「うん」
その時。
テーブルの下から、うさぎのぬいぐるみ発見。
優月が置いていったらしい。
唯ちゃんは、それを抱きしめて笑った。
「忘れ物してる」
でも少し泣きそうだった。
夕方。
お迎えの時間。
僕と唯ちゃんは、なぜか二人ともソワソワしていた。
「まだかな」
「早く行きすぎじゃない?」
保育園の扉が開く。
すると。
奥から小さな声。
「……ぱぱ!」
優月が、先生と手を繋いで歩いてくる。
目は少し赤い。
でも。
笑ってた。
僕がしゃがむと、優月は一生懸命走ってきて、ぎゅーーっと抱きついた。
「がんばった!」
その一言で。
僕も唯ちゃんも、胸がいっぱいになる。
唯ちゃんは優月を抱きしめながら、涙目で笑った。
「頑張ったねぇ……!」
優月は得意げ。
「うさぎ、みた!」
「お歌も歌った!」
「あとね!」
話したいことが大渋滞。
その姿を見ながら、僕は思った。
少しずつ。
本当に少しずつ。
優月は、自分の世界を広げているんだって。
夜。
優月は疲れたのか、すぐ眠ってしまった。
小さな寝顔。
今日はきっと、いっぱい頑張った。
唯ちゃんは、その頭を撫でながら静かに言う。
「子どもって、ちゃんと成長していくんだね」
僕は頷く。
「親が思ってるより強いのかも」
唯ちゃんは少し笑った。
「でも、私はまだ寂しい」
「うん、俺も」
二人で小さく笑う。
春の夜。
窓の外では、桜の花びらがゆっくり舞っていた。
その中で。
僕たちは、“大きくなっていく優月”を、少し誇らしく思っていた。




