家族
夏の終わり。
その日は、夜中から雨が降っていた。
僕は眠っていたけれど、隣で唯ちゃんが小さく声を漏らしたことで目を覚ます。
「……っ」
「唯ちゃん?」
薄暗い部屋の中。
唯ちゃんはお腹を押さえながら、少し苦しそうに息をしていた。
「もしかして……」
唯ちゃんは不安そうに、でもどこか覚悟した顔で頷く。
「……来たかも」
その瞬間。
心臓が一気に速くなる。
病院へ向かう車の中。
外では雨がフロントガラスを叩いている。
僕はハンドルを握る手が、少し震えていた。
唯ちゃんは痛みに耐えながら、それでも僕を見て笑おうとする。
「大丈夫?」
「それ、こっちのセリフ……」
僕は情けない声で言う。
すると唯ちゃんは、苦しいはずなのに小さく笑った。
「先生、顔まっ青」
「だって怖いんだよ!」
「ふふっ……」
そんな会話をしているうちに、病院へ到着した。
陣痛室。
時間の感覚が分からなくなる。
唯ちゃんは痛みの波が来るたび、僕の手を強く握った。
僕は何もできない。
背中をさすることしかできない。
「ごめん……」
思わずそう呟くと、唯ちゃんは苦しい息の中で首を振る。
「……そばにいて」
その言葉だけで、涙が出そうになった。
何時間も経って。
空が少し白み始めた頃。
ついに、産声が響いた。
「――おぎゃあっ!」
その声を聞いた瞬間。
世界が止まったみたいだった。
僕も唯ちゃんも、言葉を失う。
助産師さんが、小さな赤ちゃんを抱いてくる。
「女の子ですよ」
小さな、小さな命。
泣きながら、一生懸命生きている。
唯ちゃんは涙をこぼしながら笑った。
「……優月」
その名前を呼ぶ声が、優しく震えていた。
僕は赤ちゃんを見つめる。
小さな手。
小さな指。
閉じた瞼。
その全部が、奇跡みたいだった。
優月は、小さく指を動かす。
僕がそっと触れると、その 小さな手が、ぎゅっと僕の指を握った。
その瞬間。
涙が、止まらなくなった。
「……パパだよ」
声が震える。
唯ちゃんも泣きながら笑っていた。
「優月、会えたね……」
窓の外。
雨は止んでいた。
朝日が、ゆっくり病室を照らしていく。
その光の中で。
僕たちは初めて、“家族”になった。




