夏の始まり
夏の始まり。
窓を開けると、柔らかい風がカーテンを揺らした。
唯ちゃんのお腹は、もうすっかり大きくなっている。
僕は休日の朝、リビングでベビーベッドを組み立てていた。
説明書を見ながら真剣な顔をしていると、ソファから唯ちゃんの笑い声が聞こえる。
「先生、難しい顔してる」
「これ意外と難しいんだよ」
「がんばれ、パパ」
その言葉に、なんだか照れてしまう。
唯ちゃんはお腹を撫でながら、嬉しそうにこちらを見ていた。
「優月、見てるよー」
するとタイミングよく、ネジを一本落とす。
カランッ。
唯ちゃんが吹き出す。
「絶対、“パパどじだなぁ”って思ってる」
「まだ生まれてないのに?」
「絶対思ってる」
二人で笑い合う。
そんな何気ない時間が、今は宝物みたいだった。
ベビーベッドが完成すると、唯ちゃんはゆっくり立ち上がって近づいてくる。
小さなベッドを見つめながら、目を細めた。
「ここで寝るんだねぇ……」
その声には、もう“お母さん”の優しさが滲んでいた。
僕は唯ちゃんの隣に立つ。
「楽しみ?」
「すごく」
唯ちゃんは笑う。
「優月とね、いっぱい公園行きたい」
「いいね」
「お弁当作って、三人でピクニックするの」
「唯ちゃん、うさぎの形のリンゴとか作りそう」
「絶対作る!」
その未来を想像するだけで、胸が温かくなる。
夜。
夕飯を食べ終えて、僕たちはベランダへ出た。
空には、綺麗な星。
唯ちゃんは僕の肩にもたれながら、小さく言った。
「ねえ」
「ん?」
「優月が大きくなったらさ」
「うん」
「“パパとママ、どうやって出会ったの?”って聞かれるかな」
僕は笑う。
「なんて答える?」
唯ちゃんは少し考えてから、くすっと笑った。
「“いってらっしゃい”から始まりました、って」
僕は吹き出す。
「説明足りない」
「でも本当だもん」
風が優しく吹く。
唯ちゃんは空を見上げながら続けた。
「この子がつらい時、“帰ってきていいんだよ”って言える家にしたい」
その言葉に、僕は静かに頷く。
「失敗しても、泣いても、“大丈夫”って言える場所」
唯ちゃんは僕を見る。
「あなたが、私にしてくれたみたいに」
僕はそっと唯ちゃんの手を握る。
その左手には、結婚指輪。
その向こうには、優月の未来。
僕たちは、もう孤独じゃなかった。
これから先。
笑う日も、泣く日もあると思う。
子育てに悩む夜も、ケンカする日もあるかもしれない。
それでも。
“おかえり”って抱きしめ合えるなら。
きっと、何度でも幸せになれる。
唯ちゃんはお腹を撫でながら、優しく微笑む。
「優月」
その呼び方が、もう愛でいっぱいだった。
夜空には、静かに星が輝いている。
まるで僕たちの未来を、優しく照らしているみたいに。




