優月という名前を決めてから
優月という名前を決めてから。
僕たちは、前よりもっと赤ちゃんの話をするようになった。
朝ごはんを食べながらも。
スーパーへ買い物へ行く途中でも。
寝る前の静かな時間でも。
「優月、どんな顔かな」
「唯ちゃんに似たら絶対かわいい」
「あなたに似たら優しそう」
そんな会話をしては、二人で笑う。
ある休日。
僕たちは、小さな子ども服のお店へ行った。
店の奥には、春みたいに柔らかい色の服が並んでいる。
唯ちゃんは、一着の小さなワンピースを手に取った。
淡いクリーム色。
胸元に、小さなうさぎの刺繍。
「……かわいい」
その声が、本当に幸せそうで。
僕は隣で見ているだけなのに、胸が温かくなった。
唯ちゃんは服を自分のお腹に当てながら笑う。
「優月に似合うかな」
「絶対似合う」
「まだ生まれてないのに親バカだ」
「唯ちゃんもでしょ」
すると唯ちゃんは吹き出した。
「たしかに」
店を出たあと。
春の夕焼けが、街を優しく染めていた。
僕たちはゆっくり歩く。
唯ちゃんは自然に、僕の腕へ寄りかかってくる。
「ねえ」
「ん?」
「赤ちゃん生まれたらさ」
「うん」
「いっぱい絵本読んであげたい」
その目は、少し遠くを見ていた。
「眠れない夜も、“大丈夫だよ”って抱きしめたい」
僕は静かに頷く。
唯ちゃんは少し笑った。
「あとね」
「うん」
「あなたが学校から帰ってきたら、優月と一緒に“おかえり!”って言うの」
その光景が、頭の中にはっきり浮かぶ。
小さな女の子が、ぱたぱた走ってくる姿。
唯ちゃんの笑顔。
温かい家。
僕は思わず笑ってしまう。
「もう想像してる」
「してる」
唯ちゃんは嬉しそうに笑った。
帰宅してから。
僕たちは、優月のための小さなスペースを作り始めた。
ベビーベッド。
小さなぬいぐるみ。
うさぎ柄のブランケット。
唯ちゃんは並べながら、何度も目を細める。
「ちっちゃいねぇ……」
その声は、愛しさでいっぱいだった。
夜。
準備で疲れたのか、唯ちゃんはソファでうとうとしていた。
僕はそっと毛布をかける。
すると唯ちゃんが薄く目を開ける。
「……せんせい」
「ん?」
「幸せだね」
僕は少し笑って、唯ちゃんの前髪を優しく撫でた。
「うん」
唯ちゃんは眠そうにしながら、僕の手をぎゅっと握る。
「昔、“未来”って怖かったのに」
窓の外には、優しい月。
唯ちゃんは小さく微笑む。
「今は、“明日”が楽しみ」
その言葉を聞いた瞬間。
僕は静かに思った。
幸せって、
大きな奇跡じゃなくて。
こうやって、大切な人と同じ未来を待てることなんだって。




