その四
その言葉に、僕の心臓は強く跳ねた。
「……会いに行くよ」
迷いなんてなかった。
唯ちゃんは少し目を丸くして、それから困ったように笑った。
「即答なんだ」
「うん」
「後悔するかもしれないよ?」
「それでもいい」
そう答えると、唯ちゃんは静かに視線を落とした。
長いまつ毛が、かすかに震えている。
「ずるいなぁ……」
ぽつりと漏れた声は、今にも消えそうなくらい小さかった。
その夜、僕たちはあまり話さなかった。
でも沈黙は苦じゃなかった。
同じ空間で、同じ時間を過ごしているだけでよかった。
帰る時間になり、僕が立ち上がると、唯ちゃんもゆっくり玄関まで来た。
「今日はありがと」
「こちらこそ」
ドアを開ける。
冷たい夜風が入り込んできた。
いつもならここで、唯ちゃんは明るく笑って「いってらっしゃい」と言う。
でもその日は違った。
唯ちゃんは少し俯いたまま、僕の服の袖をそっと掴んだ。
「……ねえ、もう少しいて」
胸が締め付けられる。
初めてだった。
いつも誰かを送り出していた唯ちゃんが、
誰かを引き止めたのは。
僕はゆっくりドアを閉めた。
唯ちゃんは安心したように、小さく息を吐く。
近くで見ると、いつもの強い笑顔はどこにもなかった。
ただ、一人の女の子がいた。
寂しさを隠して、ずっと頑張ってきた女の子。
僕は自然と口を開いていた。
「唯ちゃん」
「……ん?」
「もう、無理して笑わなくていいよ」
その瞬間。
唯ちゃんの瞳から、ぽろりと涙が落ちた。
まるで壊れたみたいに、次から次へと涙が溢れてくる。
「っ……やだ……今日、なんか変……」
泣きながら笑おうとする唯ちゃんが、痛いくらい愛しかった。
僕はそっと、唯ちゃんを抱きしめた。
華奢な肩が、小さく震えていた。
唯ちゃんは僕の胸に顔を埋めながら、かすれた声で言う。
「……帰らないで」




