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優しさの中で生まれてくる

唯ちゃんの妊娠が分かってから、家の空気は少しずつ変わっていった。

リビングの棚には、育児の本が並び始める。

「赤ちゃんって、こんなに寝るんだ」

「抱っこの仕方いっぱいある……」

二人で本を読みながら、分からないことに何度も笑った。

唯ちゃんは、前より少しゆっくり歩くようになった。

僕も自然と、「重いもの持つよ」とか、「寒くない?」とか、そんな言葉が増えていく。

ある休日。

僕たちは、赤ちゃん用品を見に行った。

小さな服。

tinyな靴下。

うさぎ柄のスタイ。

唯ちゃんは、それを見るたびに立ち止まる。

「ちっちゃい……」

その声が、泣きそうなくらい優しかった。

ベビー用品売り場の隅で、唯ちゃんは白いうさぎのぬいぐるみを手に取る。

丸い耳。

ふわふわの毛。

唯ちゃんは少し迷ってから、小さく笑った。

「この子、家族にしたい」

僕は吹き出す。

「もう親っぽい」

「でしょ?」

その笑顔が、本当に幸せそうだった。

帰り道。

春の風が気持ちよくて、僕たちはゆっくり歩いていた。

唯ちゃんは突然、自分のお腹にそっと触れる。

「ねえ」

「ん?」

「この子、どんな子になるかな」

僕は少し考える。

「優しい子になりそう」

「なんで?」

「お母さんが優しいから」

唯ちゃんはすぐ照れた顔をする。

「そういうの、ずるい」

でもその目は嬉しそうだった。

夜。

布団の中。

唯ちゃんは僕の肩に寄りかかりながら、小さな声で言った。

「私ね」

「うん」

「昔、“自分なんか幸せになっちゃいけない”って思ってた」

胸が少し痛くなる。

唯ちゃんは続ける。

「でも今は、この子に“生まれてきてよかった”って思える世界を見せたい」

窓の外では、春の雨が静かに降っていた。

僕は唯ちゃんの手を握る。

「一緒に作ろう」

唯ちゃんは、少し泣きながら笑った。

「うん」

その返事は、小さいのに強かった。

数週間後。

唯ちゃんは新しい絵本を描き始めた。

タイトルは――

『はじめまして、あかちゃん』

ページには、小さなうさぎを抱きしめる、大人のうさぎが描かれている。

最後のページには、まだ鉛筆で下書きだけが書かれていた。

“きみが うまれてくるまえから

ずっと あいたかった”

その言葉を見た瞬間。

僕は静かに思った。

きっとこの子は、

たくさんの優しさの中で生まれてくるんだって。

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