新婚旅行最終日
新婚旅行の最終日。
朝、目を覚ますと、窓の外には真っ白な雪景色が広がっていた。
唯ちゃんはまだ眠っている。
布団の中で小さく丸まりながら、僕の袖を掴んでいた。
その姿が愛おしくて、僕は少し笑う。
しばらくして、唯ちゃんがゆっくり目を開けた。
「……おはよう」
寝起きの掠れた声。
「おはよう」
唯ちゃんはぼんやり窓を見て、それから嬉しそうに笑った。
「雪、積もってる」
子どもみたいに急いで支度をして、二人で外へ出る。
空気は冷たいのに、不思議と心は温かかった。
旅館の前には、誰も踏んでいない雪。
唯ちゃんは楽しそうに足跡をつけながら歩く。
「見て!」
「うん?」
「ハート描いた!」
雪の上に、小さなハート。
その横に、うさぎの絵まで描いてある。
「絵本作家っぽい」
「でしょ?」
唯ちゃんは得意げに笑った。
しばらく歩いていると、小さな湖へ辿り着く。
静かな水面。
雪を被った木々。
白い世界。
唯ちゃんはその景色を見つめながら、ぽつりと言った。
「ねえ」
「ん?」
「幸せって、“特別な瞬間”のことだと思ってた」
僕は静かに聞く。
唯ちゃんは白い息を吐きながら続ける。
「でも今は、こういう時間なんだって思う」
そして僕を見る。
「隣にいて、一緒に笑ってる時間」
その言葉が、静かに胸へ広がっていく。
僕は唯ちゃんのマフラーを少し直してやる。
「風邪ひくよ」
「先生みたい」
「先生だから」
唯ちゃんは吹き出した。
その笑い声が、静かな雪景色に溶けていく。
帰りの飛行機まで、少し時間があった。
空港のカフェで、僕たちは温かいココアを飲む。
唯ちゃんはスケッチブックを開き、何か描いていた。
「何描いてるの?」
「新しい絵本」
「もう?」
唯ちゃんは頷く。
ページには、雪の中を歩く二匹のうさぎ。
その後ろには、並んだ足跡。
タイトル欄には、まだ鉛筆で小さくこう書かれていた。
『いっしょにかえる』
僕はその文字を見て、少し笑う。
「唯ちゃんらしい」
「ふふっ」
唯ちゃんはペンを動かしながら言う。
「どんなに遠くまで行っても、“帰る場所”があるって、すごく幸せなんだね」
僕は窓の外を見た。
雪がゆっくり降っている。
あの日。
孤独だった僕たちは、偶然出会った。
でも今は違う。
帰りたい場所があって、
“おかえり”を言ってくれる人がいる。
それだけで、人生はこんなにも温かくなるんだと、僕は知った。




