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プロポーズ

初夏の夜。

仕事を終えて帰る途中、僕は駅前の花屋に立ち寄っていた。

小さな白い花のブーケ。

派手じゃないけど、唯ちゃんに似合いそうだと思った。

店を出たあとも、胸はずっと落ち着かなかった。

ポケットの中には、小さな指輪の箱。

何度も言葉を考えては、また消えていく。

――ちゃんと伝えたい。

その気持ちだけが、強く残っていた。

家へ帰ると、唯ちゃんはリビングで絵を描いていた。

テーブルには、色鉛筆とうさぎのラフ。

僕に気づくと、いつもの笑顔を向ける。

「おかえり、先生」

その一言だけで、胸が温かくなる。

「ただいま」

唯ちゃんは僕の持っている花束に気づいて、目を丸くした。

「え、どうしたの?」

「唯ちゃんに」

「えぇ……!」

嬉しそうに受け取る唯ちゃんを見ながら、僕は少しだけ深呼吸する。

窓の外では、夏前の風が揺れていた。

夕飯を食べ終わったあと。

僕はソファに座る唯ちゃんの隣へ行く。

心臓がうるさいくらい鳴っていた。

唯ちゃんは不思議そうに笑う。

「今日なんか緊張してない?」

「……してる」

「なんで?」

僕は少し黙ってから、ゆっくり口を開いた。

「唯ちゃん」

「うん?」

「初めて会った日のこと、覚えてる?」

唯ちゃんは優しく笑う。

「覚えてるよ」

ネオン街の帰り道。

“いってらっしゃい”って笑ってくれた夜。

あの日から、僕の人生は変わった。

僕は静かに続ける。

「唯ちゃんと出会って、自分のこと少しずつ好きになれた」

唯ちゃんの瞳が、静かに揺れる。

「夢を持つことも、誰かを大切にすることも、全部教えてもらった」

声が少し震える。

「ケンカした日もあったし、苦しい時もあった」

でも。

「それでも、帰りたい場所は、いつも唯ちゃんだった」

唯ちゃんは、もう泣きそうな顔をしていた。

僕はポケットから、小さな箱を取り出す。

震える手で開く。

中には、シンプルな指輪。

内側には、小さくうさぎの刻印が入っている。

唯ちゃんが息を呑む音がした。

僕は、まっすぐ唯ちゃんを見る。

「唯ちゃん」

「……うん」

「これから先も、嬉しい日も、苦しい日も、一緒に歩いていきたい」

涙で滲みそうになる視界の中で、僕は言った。

「僕と、結婚してください」

静かな沈黙。

唯ちゃんは口を押さえながら、涙をこぼしていた。

何度も、何度も頷く。

「……はい」

かすれた声だった。

でもその“はい”は、世界で一番優しく聞こえた。

唯ちゃんは泣きながら笑う。

「私ね……」

「うん」

「昔、“幸せになりたい”って思うの、怖かった」

涙が頬を伝う。

「でも今は……あなたとなら、ちゃんと幸せになりたいって思える」

僕はその手を、そっと握った。

唯ちゃんの指に、指輪をはめる。

窓の外では、夜風が静かに揺れていた。

唯ちゃんは指輪を見つめながら、小さく笑う。

「ねえ」

「ん?」

「これからも、“いってらっしゃい”って言っていい?」

僕は笑いながら頷く。

「うん」

すると唯ちゃんは、初めて会った日のみたいに笑った。

あの時より、ずっと幸せそうに。

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