表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/62

けんか

唯ちゃんが大学を卒業して、少し経った頃だった。

僕は教育実習と通信課題に追われ、

唯ちゃんも絵本の出版社への持ち込みや、アルバイトで忙しくなっていた。

前みたいに、ゆっくり話せる時間が減っていく。

それでも最初は、大丈夫だと思っていた。

お互い夢に向かって頑張っているんだからって。

でも、少しずつ。

小さなすれ違いが増えていった。

ある夜。

僕はレポート提出の締切に追われて、深夜まで机に向かっていた。

唯ちゃんは新しい絵本のラフを持ってきて、嬉しそうに言う。

「ねえ、これ見て!」

でも僕はパソコンから目を離せなかった。

「ごめん、今ちょっと無理」

唯ちゃんの笑顔が、一瞬止まる。

「……そっか」

その小さな寂しそうな声に気づきながらも、

僕は余裕がなくて、何も言えなかった。

数日後。

今度は僕が模擬授業の相談をしようとした時、唯ちゃんは出版社との電話中だった。

「あとででもいい?」

その言葉に、なぜか胸がざらついた。

――前は、もっとちゃんと向き合ってくれてたのに。

そんなことを思ってしまう自分が嫌だった。

そしてある雨の日。

ついに、僕たちはぶつかった。

唯ちゃんは出版社から帰ってくるなり、疲れた顔でソファに座った。

「今日ね、また“綺麗すぎる”って言われた」

「え?」

「“もっと売れる感じにした方がいい”って」

唯ちゃんは笑おうとしていた。

でも、その顔は傷ついていた。

本当なら、すぐに寄り添うべきだった。

でも僕は、その日、教育実習の評価が悪くて、心に余裕がなかった。

だから、つい言ってしまった。

「でもさ、そういう意見も必要なんじゃない?」

部屋が静かになる。

唯ちゃんはゆっくり僕を見る。

「……それ、本気で言ってる?」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「私が大事にしてるもの、否定されたんだよ?」

声が少し震えていた。

僕も苛立ってしまう。

「俺だって余裕ないんだよ!」

その瞬間。

唯ちゃんの顔が、傷ついたみたいに歪んだ。

「……そっか」

小さな声だった。

「最近のあなた、“頑張ってる俺を分かってほしい”ばっかりだね」

胸に刺さる。

でも僕も引けなくなっていた。

「唯ちゃんだって、自分のことばっかりじゃん」

言った瞬間、後悔した。

唯ちゃんは何も言わなかった。

ただ、静かに俯く。

雨の音だけが、部屋に響いている。

しばらくして。

唯ちゃんは小さく呟いた。

「……私、見返り求める人、嫌いって言ったよね」

その言葉に、息が止まりそうになる。

唯ちゃんは涙を堪えながら笑った。

「でも最近のあなた、なんか苦しい」

僕は何も返せなかった。

唯ちゃんは静かに立ち上がる。

「今日、一人になりたい」

そのまま部屋を出ていく。

閉まったドアの音が、やけに冷たく響いた。

部屋に残された僕は、動けなかった。

頭では分かっていた。

本当は、唯ちゃんを傷つけたかったわけじゃない。

ただ、自分も苦しくて、余裕がなくて。

でも――

大切な人ほど、傷つけてしまうことがある。

その事実だけが、雨音みたいに胸に残り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ