唯ちゃんの卒業式
春。
桜が咲き始めた頃。
唯ちゃんは、大学を卒業した。
卒業式の日の朝。
唯ちゃんは慣れない袴姿で、鏡の前で何度も髪を気にしていた。
「変じゃない?」
「全然」
「ほんとに?」
「うん。めちゃくちゃ似合ってる」
そう言うと、唯ちゃんは少し照れながら笑う。
淡いクリーム色の袴。
髪には、小さなうさぎの髪飾り。
初めて会った頃の唯ちゃんからは想像できないくらい、穏やかな顔をしていた。
大学へ向かう道。
桜の花びらが、ふわりと舞っている。
唯ちゃんは空を見上げながら、小さく呟いた。
「卒業できるなんて、思ってなかったなぁ」
僕はその横顔を見る。
何度も泣いて、迷って、
それでも諦めなかった顔。
「頑張ったもん」
そう言うと、唯ちゃんは少し目を潤ませた。
式が終わったあと。
キャンパスには、写真を撮る学生たちの笑い声が溢れていた。
唯ちゃんも友達や先生に囲まれて、何度も「おめでとう」と言われている。
児童文学の先生は、唯ちゃんに笑いかけながら言った。
「あなたの絵本は、人の心に寄り添う力がある」
唯ちゃんは、泣きそうな顔で何度も頭を下げていた。
夕方。
人が少なくなったキャンパスで、僕たちはベンチに座っていた。
唯ちゃんは卒業証書を抱えたまま、ぼーっと空を見ている。
「終わっちゃったね」
「うん」
「なんか寂しい」
春風が、桜を揺らす。
唯ちゃんは静かに笑った。
「でもね、不思議なの」
「何が?」
「前は、“終わること”って怖かったのに」
そして僕を見る。
「今は、“この先”が楽しみって思える」
その言葉に、胸が温かくなる。
唯ちゃんは鞄から、一冊の絵本を取り出した。
新作だった。
表紙には、少し大人になったうさぎが描かれている。
タイトルは――
『はるをむかえに』
唯ちゃんはその絵本を、僕に渡した。
「卒業記念」
ページを開く。
最後のページには、こう書かれていた。
“きみがくれた
いってらっしゃい が
わたしを ここまで つれてきてくれた”
僕は、その文章を見た瞬間。
言葉が出なくなった。
唯ちゃんは照れくさそうに笑う。
「本当のことだから」
風が吹く。
桜の花びらが、二人の間を静かに舞っていく。
唯ちゃんは卒業証書を胸に抱きながら、空を見上げた。
「ねえ」
「ん?」
「次は、あなたの番だね」
その言葉に、僕はゆっくり頷いた。
もう僕たちは、
誰かに救われるだけの存在じゃない。
支え合いながら、
それぞれの夢へ歩いていける二人になっていた。




