読み聞かせイベントの日
読み聞かせイベントの日。
唯ちゃんは朝から落ち着かなかった。
「やばい、緊張する……」
部屋の中をうろうろ歩き回りながら、何度も原稿を確認している。
今日読むのは、新作の絵本。
タイトルは――
『ないてもいいよ、うさぎくん』
泣くことを我慢していた小さなうさぎが、
最後に「なくひは、やさしいひ」と気づく物語だった。
僕はネクタイを整えながら笑う。
「唯ちゃん、絵本の時だけ子どもみたいになるね」
「だって怖いもん!」
「子どもたち、絶対喜ぶよ」
「もしシーンってなったらどうしよう……」
その姿が可愛くて、僕は思わず吹き出した。
大学の小さなホールには、親子連れが集まっていた。
小さな椅子。
色鉛筆の匂い。
子どもたちの笑い声。
唯ちゃんは舞台袖からその景色を見て、ぎゅっと原稿を抱きしめる。
僕はそっと声をかけた。
「大丈夫」
唯ちゃんは深呼吸して、小さく頷く。
そして、ステージへ出ていった。
最初は少し声が震えていた。
でもページをめくるたび、唯ちゃんの表情が変わっていく。
子どもたちは静かに聞いていた。
泣き虫のうさぎに笑ったり、
寂しい場面で真剣な顔をしたり。
そして最後のページ。
唯ちゃんは優しく読み上げる。
“だいじょうぶ
きみがないたぶんだけ
やさしくなれるから”
静かな沈黙。
次の瞬間。
前の席の小さな女の子が、ぽつりと言った。
「うさぎさん、かわいそうだったね」
すると別の男の子が言う。
「でもさいご、よかった!」
会場に、小さな拍手が広がる。
唯ちゃんは、その音を聞いた瞬間。
泣きそうに笑った。
読み聞かせが終わったあと、子どもたちが唯ちゃんの周りに集まる。
「うさぎさん描いて!」
「また読んで!」
「せんせいみたい!」
唯ちゃんは戸惑いながらも、一人一人に笑いかけていた。
その姿を見ながら、僕の胸は熱くなる。
――届いてる。
唯ちゃんの優しさが、ちゃんと。
帰り道。
夕焼けの中を歩きながら、唯ちゃんは何度も目を擦っていた。
「……泣きすぎた」
「よかったね」
唯ちゃんは立ち止まり、空を見上げる。
「ねえ」
「ん?」
「今日ね、初めて思えたの」
風が静かに吹く。
「私、生きてきてよかったって」
その言葉に、胸が締め付けられる。
唯ちゃんは涙を拭きながら笑う。
「昔の私に教えてあげたいな」
「うん」
「“ちゃんと、優しい未来が待ってるよ”って」
僕は何も言わず、唯ちゃんの手を握る。
すると唯ちゃんも、ぎゅっと握り返してきた。
夕焼けの道を、二人で歩いていく。
もう、夜のネオンに怯えていた頃の僕たちじゃなかった。
傷ついたままでも、
ちゃんと幸せになっていいと、少しずつ信じられるようになっていた。




