失敗
冬のある日。
空はどんより曇っていた。
冷たい風。
駅から家までの道が、やけに長く感じる。
その日。
僕は、仕事で大きなミスをした。
確認不足。
焦り。
自分でも分かるくらい落ち込んでいた。
家の前に立っても。
すぐにドアを開けられなかった。
「はぁ……」
小さく息を吐く。
でも。
中から聞こえてくる声。
結愛の笑い声。
優月の声。
唯ちゃんの「こらこら〜」って声。
その音を聞くだけで。
少しだけ肩の力が抜けた。
ガチャ。
ドアを開ける。
すると。
結愛がダッシュしてくる。
「ぱぱー!!」
勢いそのまま抱きつく。
いつもなら笑える。
でも今日は、少しうまく笑えなかった。
唯ちゃんが気づく。
「……おかえり」
その声が、少し優しかった。
僕は、なんとか笑おうとする。
「ただいま」
でも。
たぶん隠せてなかった。
夕ごはん。
いつもより静かだった。
僕がぼーっとしていると。
結愛が、じーっと顔を見てくる。
そして。
小さく聞いた。
「ぱぱ、げんきない?」
子どもって。
本当にすぐ気づく。
僕は苦笑いする。
「ちょっとね」
すると。
結愛は、少し考えて――
自分のプリンを半分くれた。
「げんきでるよ」
その瞬間。
優月も静かに言う。
「学校でもね、失敗する時あるよ」
咲良ちゃんも頷く。
「うん。わたしもよくある」
唯ちゃんは、温かいお茶を置きながら笑った。
「失敗しない人なんていないよ」
その声が、ゆっくり胸に入ってくる。
でも。
僕は小さく言った。
「でも、迷惑かけちゃったからさ……」
すると。
少し静かになったあと。
優月がぽつりと言った。
「でもパパ、いつも頑張ってるじゃん」
結愛も、すぐ頷く。
「ぱぱ、いっぱいがんばってる!」
その言葉が、まっすぐだった。
唯ちゃんは、僕を見ながら静かに笑う。
「家では、ちゃんと休んでいいんだよ」
その瞬間。
なんだか胸がいっぱいになる。
頑張らなきゃ。
ちゃんとしなきゃ。
そう思い続けてた心が。
少しだけ緩んだ気がした。
そのあと。
結愛が突然立ち上がる。
「まってて!」
どたどた走っていく。
数分後。
持ってきたのは――
折り紙。
ぐちゃぐちゃ。
でも。
真ん中に大きく書いてある。
“ぱぱ だいじょうぶ!”
優月、吹き出す。
唯ちゃんも笑ってる。
でも。
僕は、ちょっと泣きそうだった。
結愛は、胸を張る。
「ゆあの、おうえんまほう!」
その隣で。
優月が静かに言った。
「パパ、わたしたちパパのこと好きだからね」
その言葉が。
今日一番、胸に刺さった。
夜。
みんなが寝たあと。
僕は、リビングで一人、お茶を飲んでいた。
すると。
唯ちゃんが隣に座る。
しばらく無言。
でも。
その静けさが心地よかった。
唯ちゃんが、小さく笑う。
「今日、結愛ずっと“ぱぱげんきかな”って言ってたよ」
僕は、少し笑う。
「そっか」
唯ちゃんは、僕の肩にそっと寄りかかった。
「大丈夫」
その一言だけで。
少し救われる。
失敗した日だった。
うまくいかなかった日だった。
でも。
帰る場所がある。
笑ってくれる人がいる。
それだけで。
また頑張れる気がした。
窓の外。
冬の夜空には、小さな星。
山本家の灯りは。
今日も静かに、僕を迎えてくれていた。




