幸せな形
唯ちゃんはその日、近くのケーキ屋で小さなショートケーキを買ってきた。
「入学祝い」
「大学生に?」
「大学生に」
テーブルの上には、小さなロウソクまで立っている。
僕は思わず笑った。
「なんか照れるな」
「ちゃんと祝いたいの」
唯ちゃんは真剣な顔でそう言った。
部屋の灯りを少し暗くして、二人でケーキを食べる。
甘い苺の味がした。
唯ちゃんはフォークを持ちながら、嬉しそうに僕を見る。
「なんかいいね」
「何が?」
「お互い学生って」
「唯ちゃんの方が先輩だけどね」
「ふふっ、通信教育は大変だよ〜?」
わざと先輩風を吹かせてくる。
でも次の瞬間、唯ちゃんは少し真面目な顔になった。
「働きながらって、本当に大変だと思う」
「うん」
「無理しすぎないでね」
その言葉には、実感がこもっていた。
唯ちゃん自身、大学と制作の両立で何度も苦しんでいたから。
僕は教材をめくりながら言う。
「でも不思議なんだよな」
「ん?」
「前なら、“勉強したい”なんて思わなかったのに」
窓の外では、春の夜風が揺れている。
「今は、ちゃんと未来のために頑張りたいって思える」
唯ちゃんは静かに微笑む。
「変わったね」
「唯ちゃんのおかげ」
すると唯ちゃんは首を横に振った。
「違うよ」
「え?」
「変わろうって決めたのは、あなた自身」
その言葉に、胸が熱くなる。
唯ちゃんは、いつもそうだった。
誰かを支配しない。
“自分で歩く力”を信じてくれる。
だから一緒にいると、自分を好きになれた。
数日後。
初めてのオンライン授業の日。
僕はスーツ姿のまま、仕事帰りに慌ててパソコンを開いていた。
「やば、ログインできない」
「落ち着いて!」
唯ちゃんが隣で笑っている。
なんとか授業が始まり、教育心理学の講義を受ける。
“子どもは、安心できる環境で成長する”
その言葉を聞いた瞬間。
僕は、唯ちゃんを思い出していた。
あの夜。
ネオン街の店の帰り際で聞いた、「いってらっしゃい」。
あの言葉が、どれだけ僕を救ったか。
授業が終わると、唯ちゃんが顔を覗き込んできた。
「どうだった?」
僕は少し笑う。
「難しかった。でも、面白かった」
唯ちゃんは嬉しそうに拍手する。
「先生への第一歩だ」
僕は照れながら、教材を閉じた。
その時、唯ちゃんがふと呟く。
「いつかさ」
「ん?」
「あなたのクラスの子たちに、私の絵本読んでもらえたらいいな」
その未来を想像した瞬間。
胸の奥が、じんわり温かくなった。
教室の後ろで、子どもたちに囲まれながら絵本を読む唯ちゃん。
そして僕は、そんな子どもたちの笑顔を見ている。
きっとそれは。
昔、孤独だった二人が、
やっと見つけた“幸せの形”だった。




