それから僕は、本気で勉強を始めた。
それから僕は、本気で勉強を始めた。
仕事を終えて帰宅したあと、夜中まで机に向かう。
教育法。
児童心理。
発達についての本。
覚えることは山ほどあった。
何度も心が折れそうになった。
「もう無理かも」
そう呟いた夜も、一度や二度じゃない。
でもそんな時、決まって唯ちゃんが隣にいてくれた。
「はい、コーヒー」
眠そうな顔でマグカップを置いてくれる。
唯ちゃんも課題や絵本制作で忙しいはずなのに、
僕が勉強している横で、自分も原稿を描いていた。
静かな夜。
ページをめくる音だけが部屋に響く。
時々、唯ちゃんが小さく笑う。
「なに?」
「いや、先生っぽくなってきたなって」
「どこが」
「真面目な顔」
そう言って、うさぎの付箋を僕の参考書に貼る。
そこには丸い字で、
“だいじょうぶ”
と書いてあった。
僕は思わず笑う。
「子ども扱いしてない?」
「してません〜」
唯ちゃんは楽しそうだった。
でもある日。
模擬試験の結果が悪くて、僕は珍しく落ち込んでいた。
机に伏せたまま、何も言えなくなる。
「……向いてないのかな」
その言葉が、ぽろっと出た。
唯ちゃんは少し黙った。
それから僕の隣に座る。
「ねえ」
「ん?」
「私も、最初の絵本コンテスト落ちたら、“才能ないんだ”って思ったよ」
「……うん」
「でもね」
唯ちゃんは静かに笑う。
「好きなことって、“向いてるかどうか”だけじゃ続かないんだと思う」
窓の外では、夜風が揺れていた。
「“届けたい”って気持ちがあるから、頑張れるんだよ」
その言葉は、まっすぐ胸に入ってきた。
唯ちゃんは僕のノートを開く。
そこには、授業のアイデアが書いてあった。
“朝、元気ない子に声をかける”
“できない子を急かさない”
“教室を安心できる場所にする”
唯ちゃんはそれを見て、優しく笑った。
「もう先生じゃん」
「まだ全然だよ」
「ううん」
そして僕を見る。
「こんなこと考えられる人、子ども絶対好きになるよ」
胸が熱くなる。
僕は、ずっと“ちゃんとした人”になれないと思っていた。
でも唯ちゃんは、そんな僕の中から、
小さな優しさを見つけてくれる。
それが、何より嬉しかった。
その夜。
勉強を再開した僕の隣で、唯ちゃんも新しい絵本を描いていた。
タイトルは――
『せんせいのポケット』
表紙には、小学校の先生を見上げる、小さなうさぎが描かれていた。




