夢って。 笑われないことじゃない。 不安がないことでもない。 それでも、“好き”をやめないことなんだと思う。
六月の終わり。
雨の日。
学校から帰ってきた優月は、少し元気がなかった。
ランドセルを置く音も静か。
いつもなら。
「ただいまー!」
って聞こえるのに。
今日は小さい声。
僕は、少し気になった。
夕飯前。
優月は、リビングでスケッチブックを開いていた。
でも。
鉛筆が進まない。
結愛も、それに気づいていた。
「ゆづき、げんきない?」
優月は、少し笑ってごまかす。
「だいじょうぶ」
でも。
“だいじょうぶじゃない時の顔”だった。
夜。
唯ちゃんが、優月の隣にそっと座る。
「何かあった?」
少し沈黙。
それから。
優月は、小さく言った。
「今日ね……」
学校で、“ケーキ屋さんになりたい”って話したら。
クラスの男子に笑われたらしい。
『そんなの難しいじゃん』
『子どもっぽい』
『絶対ムリ』
そんな言葉。
優月は、笑って聞いてたらしい。
でも。
本当は、ちょっと傷ついてた。
結愛、怒る。
「むぅぅ!!」
ほっぺ膨らんでる。
「ゆづきのけーき、おいしいのに!」
全力擁護。
僕は、優月に聞いた。
「優月は、どう思った?」
優月は、少し下を向く。
「……ムリなのかなって」
その瞬間。
リビングが静かになる。
でも。
唯ちゃんが、優しく言った。
「夢って、“すぐ出来るか”じゃないよ」
優月が顔を上げる。
唯ちゃんは続けた。
「“好きだから続けたい”って気持ちが、一番大事なんじゃないかな」
その声は、とても柔らかかった。
僕も頷く。
「優月のケーキで、笑顔になった人、家にいっぱいいるよ」
すると。
結愛、すぐ手を挙げる。
「はいっ!!」
早い。
優月、少し笑った。
でも。
まだ少し不安そう。
その時。
結愛が、急に部屋を飛び出す。
バタバタバタッ!!
数分後。
戻ってくる。
手には――
ぐしゃぐしゃの紙。
広げる。
そこには。
ヘタクソな絵。
大きなケーキ。
笑ってる優月。
そして。
変なプリン。
下に、クレヨンで大きく書いてあった。
『ゆづきけーきやさん』
リビングが、一瞬静かになる。
結愛は、照れながら言った。
「ゆあ、いくから」
優月、目を丸くする。
「え?」
結愛は、まっすぐ言う。
「ゆづきのおみせ、まいにちいく」
その言葉が。
あまりにも真っ直ぐで。
優しくて。
優月の目に、少し涙が浮かぶ。
でも。
ちゃんと笑ってた。
「……ありがと」
その夜。
優月は、久しぶりにキッチンへ立った。
作るのは――
小さなカップケーキ。
特別すごいものじゃない。
でも。
優月は、一つ一つ丁寧にクリームを絞っていた。
そして最後に。
小さな旗を立てる。
そこには。
『すきだから、つくる』
その文字を見た瞬間。
僕は、胸が熱くなった。
夢って。
笑われないことじゃない。
不安がないことでもない。
それでも、“好き”をやめないことなんだと思う。
完成したカップケーキ。
みんなで食べる。
結愛、一口食べて言った。
「げんきのでるあじ!」
優月、吹き出す。
でも。
その笑顔は、今日一番明るかった。
窓の外では、雨がやんでいた。
雲の隙間から、小さな星が見える。
山本家の夜は。
今日も、優しく甘かった。




