それからの日々は、忙しかった。
それからの日々は、忙しかった。
唯ちゃんは大学と絵本制作。
僕は仕事をしながら、資格の勉強を始めた。
最初は全然うまくいかなかった。
参考書を開いても集中できない日もあるし、
仕事で疲れて、そのまま寝落ちしてしまう日もある。
そんな夜。
スマホに、唯ちゃんから写真が送られてくる。
“休憩中〜”
そこには、机に突っ伏している唯ちゃんと、描きかけのうさぎのイラスト。
その下に小さく、
“いっしょにがんばろ”
と書いてあった。
僕は思わず笑ってしまう。
そしてまた、参考書を開く。
不思議だった。
前なら、誰にも見られてない場所で頑張る意味なんて分からなかった。
でも今は違う。
唯ちゃんもどこかで頑張っている。
そう思うだけで、前を向けた。
ある雨の日。
唯ちゃんの部屋へ行くと、机の上に大量の絵本が積まれていた。
海外の絵本。
古い童話。
子ども向けなのに、大人でも泣いてしまうような物語。
唯ちゃんは真剣な顔でノートに何かを書いている。
「おじゃまします」
声をかけると、唯ちゃんは顔を上げた。
「あ、おかえり」
その“おかえり”が、自然すぎて胸が温かくなる。
僕は机の上を見る。
「すごい量だね」
「研究中なの」
「研究?」
唯ちゃんは頷く。
「“優しい言葉”って、簡単そうで難しいから」
そして一冊の絵本を開いて見せてくれる。
「ほら、難しい言葉使ってないのに、すごく心に残るでしょ?」
ページには、小さなクマが泣いている絵が描かれていた。
その下には短い文章。
“だいじょうぶ。なくひは、やさしい”
唯ちゃんはその言葉を見つめながら呟く。
「こういう言葉を書ける人になりたい」
僕は静かに言う。
「もう、なってると思うよ」
唯ちゃんは少し照れながら笑った。
「あなたって、本当に信じてくれるよね」
「だって唯ちゃん、自分で思ってるよりすごい人だから」
その瞬間。
唯ちゃんは少し黙ってから、ぽつりと言った。
「……昔はね」
「うん」
「誰かに信じてもらうの、怖かった」
雨音が静かに部屋を包む。
「期待されたら、いつか嫌われる気がしてたから」
僕はそっと唯ちゃんの隣に座る。
「今は?」
唯ちゃんは少し考えてから、小さく笑った。
「今は、信じてもらえると、ちゃんと嬉しい」
その笑顔は、柔らかかった。
傷が消えたわけじゃない。
でも唯ちゃんはもう、
その傷ごと、自分を愛そうとしていた。




