春
春。
唯ちゃんの絵本は、本当にコンテストへ応募された。
締切の前日まで、何度も描き直していた。
「うさぎの目、こっちの方が優しいかな」
「この文章、もっと短い方が伝わるかな」
机に向かって悩む唯ちゃんは、昔よりずっと真剣で、ずっと楽しそうだった。
そして応募を終えた夜。
唯ちゃんはベランダに出て、空を見上げながら大きく息を吐いた。
「終わったぁ……」
僕は隣で笑う。
「おつかれさま」
「なんか変な感じ」
「何が?」
唯ちゃんは少し考えてから言った。
「昔の私、“どうせ無理”って言い訳して、何も挑戦しなかったから」
夜風が優しく吹く。
唯ちゃんは続ける。
「でも今は、結果より、“ちゃんと向き合えた”ことが嬉しい」
その顔は、どこか誇らしそうだった。
数週間後。
大学の授業中だった唯ちゃんから、突然メッセージが来た。
“やばい”
“え?”
“電話していい?”
ただ事じゃないと思って、すぐ電話をかける。
すると唯ちゃんは、息を切らしながら言った。
「……一次通った」
「え?」
「絵本コンテスト……一次審査、通ったの……!」
一瞬、言葉が出なかった。
次の瞬間。
「すごいじゃん!」
そう叫ぶと、電話の向こうで唯ちゃんが笑いながら泣き始める。
「っ……うそみたい……」
「唯ちゃん、ちゃんと届いてるよ」
「怖かったんだよぉ……」
唯ちゃんは泣きながら続ける。
「“元風俗嬢が描いた絵本”って思われたらどうしようとか……」
胸が締め付けられる。
でも唯ちゃんは、自分で涙を拭いて言った。
「でもね」
「うん」
「審査員のコメントに、“この作品には、人を信じたい気持ちがある”って書いてあったの」
その声は震えていた。
きっと唯ちゃんが、ずっと大事にしてきたもの。
傷ついても、裏切られても、
それでも誰かを好きでいたいって気持ち。
それが、ちゃんと誰かに届いたんだ。
夕方。
大学まで迎えに行くと、唯ちゃんは校門の前で待っていた。
僕を見るなり、走ってくる。
「ねえ!」
「うん?」
「私、もっと頑張りたい」
その瞳は、前よりずっと強かった。
でもその強さは、誰かを押しのける強さじゃない。
泣きながらでも、前へ進もうとする強さだった。
僕は笑って頷く。
「応援してる」
唯ちゃんは少し黙ってから、小さく言う。
「……見返りとかじゃなく?」
僕は吹き出してしまう。
「好きだからだよ」
その瞬間。
唯ちゃんは泣きそうに笑った。
まるで、長い冬を越えて、
やっと春を見つけたみたいに。




