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つきよのうさぎ  作者:
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16/302

完璧なヒーローはでてこない!

『つきよのうさぎ』は、大学の先生たちの間で静かに評判になった。

「言葉がやさしい」

「子どもだけじゃなく、大人にも届く」

そんな感想をもらうたび、唯ちゃんは照れながら笑った。

でも帰り道になると、いつも少し不安そうに聞いてくる。

「……ほんとに、よかったのかな」

僕はそのたびに答える。

「よかったよ」

「即答だ」

「だって本当にそう思ってるから」

冬の夜道。

コンビニで買った肉まんを半分こしながら、僕たちは歩く。

唯ちゃんは白い息を吐きながら、ぽつりと言った。

「ねえ、私ね」

「うん」

「最近、昔のこと思い出しても、前みたいに苦しくなくなった」

僕は静かに唯ちゃんを見る。

唯ちゃんは続ける。

「風俗で働いてたこと、消したい過去だって思ってたんだ」

「……」

「でも今は、“あの頃の私”がいたから、今の私がいるって思える」

街灯の光が、唯ちゃんの横顔を優しく照らしていた。

「傷ついたことも、寂しかったことも、全部ムダじゃなかったんだって」

その声は穏やかだった。

昔の自分を、やっと抱きしめられるようになった人の声だった。

僕はゆっくり言う。

「唯ちゃん、強くなったね」

すると唯ちゃんは、少し笑う。

「違うよ」

「え?」

「強くなれたんじゃなくて、“弱いままでもいい”って思えるようになったの」

風が吹いて、雪が静かに舞った。

唯ちゃんは空を見上げる。

「絵本ってさ、完璧なヒーロー出てこないでしょ?」

「うん」

「泣いたり、迷ったり、転んだりする。でも、それでも前に進くから好きなの」

そして僕を見る。

「人も同じなんだと思う」

その言葉に、胸が温かくなる。

駅前まで来た時。

唯ちゃんが急に立ち止まった。

「ねえ」

「ん?」

「来年さ」

少し照れながら、でも嬉しそうに笑う。

「絵本のコンテスト、応募してみようかな」

「いいじゃん」

「落ちるかもしれないよ?」

「それでも、唯ちゃんの物語は誰かに届くよ」

唯ちゃんはしばらく黙っていた。

それから、そっと僕の手を握る。

「……あなたが最初に信じてくれたんだよ」

その手は、あの日より温かかった。

夜のネオンに照らされながら、僕は思う。

あの時。

唯ちゃんの「いってらっしゃい」に救われたのは、僕だけじゃなかったんだって。

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