つきよのうさぎ
冬が近づき始めた頃。
唯ちゃんは大学の課題で、初めて一冊の小さな絵本を完成させた。
タイトルは――
『つきよのうさぎ』
放課後、大学近くのカフェで見せてもらった。
表紙には、小さな白いうさぎが描かれている。
少し不安そうな顔をしながらも、ちゃんと前を向いているうさぎ。
「読む?」
唯ちゃんは緊張した顔で、僕に絵本を差し出した。
ページをめくる。
そこには優しい言葉が並んでいた。
難しい言葉は一つもない。
でも、一文一文がまっすぐ胸に届く。
“かなしい日は、むりにわらわなくていい”
“ひとりぼっちだとおもっても、つきをみてるひとはいる”
“だいすきは、なくならない”
読み終わる頃には、僕は少し泣きそうになっていた。
唯ちゃんは不安そうに僕を見る。
「……どう?」
僕は絵本を閉じて、ゆっくり息を吐く。
「優しいね」
唯ちゃんの目が少し揺れる。
「ほんと?」
「うん。唯ちゃんの心そのままだと思う」
その瞬間。
唯ちゃんは安心したみたいに、肩の力を抜いた。
「よかった……」
窓の外では、雪がちらちら降り始めていた。
唯ちゃんは温かいカフェラテを両手で包みながら、小さく笑う。
「ねえ」
「ん?」
「昔の私だったら、“どうせこんなの誰にも届かない”って思ってた」
「今は?」
唯ちゃんは、雪を見ながら答える。
「一人にでも届けばいいって思える」
その横顔は、少し大人になっていた。
苦しさを知って、
それでも誰かを温めようとしている人の顔だった。
「この絵本さ」
唯ちゃんは少し照れながら続ける。
「最後のページ、あなたのこと考えながら書いたの」
「俺?」
「うん」
唯ちゃんは鞄から原稿を取り出して、最後のページを開く。
そこには、月の下で並んで座る二匹のうさぎが描かれていた。
そして、その下に小さく書かれている。
“いってらっしゃい
きょうも、あなたがしあわせでありますように”
僕はその言葉を見た瞬間、胸がいっぱいになった。
唯ちゃんは少し恥ずかしそうに笑う。
「あの日の言葉、ずっと忘れられなかったから」
あの夜。
ネオン街の帰り道で、唯ちゃんがくれた「いってらっしゃい」。
きっとあの瞬間から。
僕たちは、お互いを少しずつ救っていたんだ。




