大学生活が始まる
大学生活が始まってから、唯ちゃんは毎日忙しそうだった。
レポートに追われ、慣れない授業に苦戦しながらも、
夜になると決まって僕に電話をかけてくる。
「今日ね、児童文学の授業で泣きそうになった」
「また?」
「だって先生が、“優しい物語は、弱い人を救う”って言うんだもん」
電話越しに笑う唯ちゃんの声は、前よりずっと柔らかかった。
ある日の帰り道。
大学近くの小さな公園で、僕たちは缶コーヒーを飲みながら座っていた。
秋の風が少し冷たい。
唯ちゃんは落ち葉を足で弄びながら、ぽつりと言う。
「私さ、見返り求める人、苦手なんだよね」
「見返り?」
「“これだけしてあげたんだから”って言う人」
唯ちゃんは少し遠くを見る。
「優しさって、本当はもっと自由なものだと思うから」
僕は黙って聞いていた。
唯ちゃんは続ける。
「好きだからする。大事だから守る。それだけでいいと思うの」
風が吹いて、唯ちゃんの髪が揺れる。
「裏切られることだってあるよ?」
僕がそう聞くと、唯ちゃんは静かに笑った。
「うん。あると思う」
「怖くない?」
唯ちゃんは少し考えてから答えた。
「怖いよ。でもね」
そして僕を見る。
その瞳は、驚くほど真っ直ぐだった。
「自分が“好きだった”って気持ちまで、嘘にはしたくない」
胸が熱くなる。
唯ちゃんは小さく笑う。
「昔の私、誰かに裏切られるたび、“自分が悪いんだ”って思ってた」
「……」
「でも今は違うの。ちゃんと好きになれたなら、それだけで意味あったって思いたい」
その言葉には、唯ちゃんが泣いてきた夜の数が滲んでいた。
僕はそっと聞く。
「絵本にも、そういう気持ち入れるの?」
唯ちゃんは頷く。
「うん」
鞄からノートを取り出し、開いて見せてくれる。
そこには、手描きのうさぎのイラストがあった。
小さなうさぎが、大きな月を見上げている。
ページの下には、まだ書きかけの文章。
“だいすきは、なくならない”
唯ちゃんは少し照れながら笑う。
「これ、今描いてる話」
「いい言葉だね」
「でしょ?」
唯ちゃんはうれしそうに笑った。
その笑顔を見ながら思う。
この人はきっと、
誰かに傷つけられても、優しさを捨てなかった人なんだって。
だからこんなにも、
人の心を温かくできるんだって。




