山登り
春休み。
ある晴れた朝。
僕が「今日は山へ行こうか」と言うと。
結愛、数秒止まる。
「やま?」
そして――
「たんけん!?」
急に冒険モード。
優月も、少しワクワクした顔をしていた。
「登れるかな」
唯ちゃんは、おにぎりを作りながら笑う。
「ゆっくり行けば大丈夫」
ということで。
山本家、春の山登り大会開催。
朝の山道。
空気が澄んでいる。
鳥の声。
木漏れ日。
まだ少し冷たい風。
結愛は、リュックを背負って元気いっぱい。
「しゅっぱーつ!!」
でも。
五分後。
「つかれた」
早い。
優月、大爆笑。
僕まで吹き出した。
山道を、みんなでゆっくり歩く。
小さな花。
流れる水。
虫。
結愛は、何か見つけるたび止まる。
全然進まない。
その時。
優月が、小さな白い花を見つけた。
「きれい」
しゃがみ込んで見ている。
すると。
唯ちゃんが優しく言う。
「春って、“小さいもの”が増える季節だね」
たしかに。
小さな花。
小さな芽。
小さな虫。
冬にはなかった景色が、少しずつ増えている。
途中。
少し急な坂道。
優月は頑張って登っていた。
結愛も、一生懸命。
「ふんっ……ふんっ……」
声出てる。
でも。
途中で石につまずく。
「あわっ!」
僕が慌てて支える。
結愛は、少しびっくりしたあと、小さく笑った。
「やま、つよい……」
優月、また笑い崩れてる。
しばらくして。
ついに頂上。
「ついたぁぁ!!」
結愛、大ジャンプ。
目の前には、広い景色。
町。
遠くの川。
青い空。
春の風。
優月は、静かに景色を見ていた。
それから、スケッチブックを取り出す。
僕は笑う。
「描くの?」
優月、小さく頷く。
「忘れたくないから」
その言葉が、なんだか嬉しかった。
結愛は、その横でおにぎり食べてる。
しかも。
口の周り、ご飯粒だらけ。
唯ちゃん、大笑い。
頂上で食べるおにぎりは、不思議なくらい美味しかった。
風の音を聞きながら。
みんなで並んで座る。
ただそれだけなのに、特別な時間だった。
その時。
結愛が突然聞く。
「やまって、なんさい?」
難問。
優月、吹き出す。
僕は少し考えるふりをして言う。
「すごく、おじいちゃんかも」
結愛、目まんまる。
「すごい……」
完全に信じた。
帰り道。
結愛は、疲れて僕に抱っこされながら眠っていた。
優月は、今日描いたスケッチを見ている。
山の景色。
小さな花。
笑ってる結愛。
春の空。
僕は、その横顔を見ながら思う。
こういう一日が。
いつかきっと、“大切な思い出”になるんだろうなって。
その時。
半分寝てる結愛が、小さく呟いた。
「やまのうえで……ぷりんたべたい……」
家族全員、吹き出した。
山登りの最後まで。
結愛は、やっぱり結愛だった。




