旅行って。 “遠くへ行くこと”だけじゃなくて。 “大切な時間を増やすこと”なのかもしれないって。
シンガポール最終日。
朝。
スーツケースを閉める音が、少しだけ寂しかった。
結愛は、ベッドに転がりながら叫ぶ。
「かえりたくなぁい!」
完全に旅行モード。
優月も、窓の外を見ながら小さく言った。
「もう終わっちゃうんだね」
僕も、同じ気持ちだった。
たった数日なのに。
知らない景色を見て。
いっぱい笑って。
なんだか、すごく長い冒険だった気がする。
帰る前。
最後にみんなで大きな公園を歩くことになった。
南国の花。
大きな木。
風に揺れる葉っぱ。
優月は、立ち止まって何枚も写真を撮っていた。
「全部、覚えておきたい」
その言葉に。
唯ちゃんが優しく笑う。
「思い出になるもんね」
結愛は、花を見つけて大喜び。
「ぴんくー!」
でも。
走って転ぶ。
海外でも通常運転。
僕が慌てて駆け寄ると。
結愛、ちょっと泣きそうな顔。
でも。
数秒後。
「えへへ」
笑った。
優月、大爆笑。
唯ちゃんも安心して笑う。
その瞬間。
僕は思った。
場所が変わっても。
山本家は山本家なんだなって。
空港へ向かうタクシーの中。
結愛は、買ったペンギンキーホルダーをぎゅっと握っていた。
優月は、スマホの写真を見返している。
クラゲ。
夜景。
笑ってる結愛。
そして。
家族写真。
その中の僕は、なぜか毎回ちょっと変な顔だった。
「なんでだろ……」
優月、笑い崩れる。
「ぱぱ、旅行中ずっと楽しそうだった!」
否定できない。
空港。
飛行機を待ちながら。
優月がぽつりと言った。
「旅行って、不思議だね」
「ん?」
「帰りたくなるのに、帰りたくない」
僕は笑った。
「たしかに」
“楽しかった場所”だから。
終わるのが寂しい。
でも。
“帰りたい場所”があるから安心できる。
家族って、そういうものなのかもしれない。
飛行機の中。
結愛は、離陸前に寝た。
早い。
優月は、窓の外の雲を見ながら小さく言う。
「また行きたいな」
僕は頷く。
「行こう」
「ほんと?」
「うん。みんなで」
優月は、その言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
数時間後。
日本へ到着。
空気が少し涼しい。
駅の音。
日本語のアナウンス。
なんだか、ほっとする。
家へ帰ると。
結愛がソファへダイブ。
「おうちぃぃ……」
完全に溶けてる。
でも。
その顔は、すごく幸せそうだった。
夜。
荷物を片付けながら。
優月が、旅行中のスケッチブックを開いていた。
そこには。
家族の笑顔。
知らない景色。
ペンギン。
いっぱいの“楽しかった”が描かれていた。
僕は、その絵を見ながら思う。
旅行って。
“遠くへ行くこと”だけじゃなくて。
“大切な時間を増やすこと”なのかもしれないって。
その時。
寝ぼけた結愛が突然。
「……つぎは……ぺんぎんと……くらしたい……」
家族全員、大爆笑。
シンガポール旅行は。
最後まで、山本家らしい旅だった。




