今この瞬間も。
三月。
少しずつ春の匂いが戻ってきた頃。
結愛の保育園では、“おわかれ会”の準備が始まっていた。
年長さんになる結愛にとって。
今のクラスで過ごす最後の春。
でも本人は、まだあんまり分かってない。
「きょう、おうたうたった!」
いつも通り元気。
ある日の夜。
結愛が、急に静かになった。
ソファでペンギンを抱きながら、ぽつりと言う。
「……おともだち、ちがうくらすになるの?」
唯ちゃんが優しく頷く。
「そうだね」
結愛は、少しだけしょんぼりした顔をした。
優月が、その隣へ座る。
「でもね」
「うん?」
「ともだちは、ずっとともだちだよ」
結愛は、じっと優月を見る。
優月は笑った。
「わたしもね、前ちょっとさみしかった」
「ほんと?」
「うん。でも、またいっぱい遊べたよ」
その言葉を聞いて。
結愛は、少し安心したみたいだった。
その週末。
みんなで公園へ行く。
春の風。
少し咲き始めた桜。
結愛は、滑り台を何回も滑っていた。
「みてぇぇ!」
優月は、ベンチでスケッチブックを開いている。
僕が隣に座る。
「なに描いてるの?」
優月は、少し笑った。
「結愛」
見ると。
滑り台を笑いながら滑る結愛の絵。
髪も。
笑顔も。
すごく生き生きしていた。
僕は思わず言う。
「優月の絵って、“楽しそう”が伝わるね」
優月は、ちょっと照れる。
「ほんと?」
「うん」
その時。
結愛が全力ダッシュしてきた。
でも。
途中で転ぶ。
「あぁっ!」
ズデン。
静止。
数秒後。
「えへへ」
笑ってる。
優月、大爆笑。
僕も吹き出した。
唯ちゃんなんて、もう慣れてる顔。
「山本家って感じ」
たしかに。
転んでも。
最後は笑ってる。
それが、この家族だった。
帰り道。
桜の木の下を歩きながら。
結愛が、小さく僕の手を握る。
「ぱぱ」
「ん?」
「ゆあね」
「うん」
「おおきくなっても、みんなといたい」
その言葉に。
僕は、少し胸がきゅっとなった。
子どもって。
時々、まっすぐすぎる。
だから。
心にそのまま届く。
僕は、結愛の小さな手を握り返した。
「ずっと家族だよ」
結愛は、安心したみたいに笑った。
その横で。
優月が空を見ながら言う。
「なんかさ」
「うん?」
「“ずっと”って、いいね」
春の風が吹く。
桜の花びらが、ふわっと舞う。
僕は、その景色を見ながら思った。
今この瞬間も。
きっと未来で、大事な思い出になるんだろうなって。




