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その十二

水族館の帰り道だった。

夕焼けが街をオレンジ色に染めて、

唯ちゃんの横顔も柔らかく光っていた。

クラゲの水槽の前ではしゃいでいた唯ちゃんは、今は少し静かだった。

電車の窓に映る景色を見ながら、ぽつりと呟く。

「ねえ」

「ん?」

「私、決めたかも」

僕は唯ちゃんを見る。

その目は、いつもより真っ直ぐだった。

「仕事、辞めようと思う」

時間が止まったみたいだった。

僕は驚きながらも、静かに聞く。

「……本気?」

唯ちゃんはゆっくり頷く。

「うん。本気」

その声に迷いはなかった。

「怖いけどね。お金もなくなるし、不安だし」

唯ちゃんは少し笑う。

「でもさ、このまま何年も、“本当の自分”隠して生きるの、もう嫌になっちゃった」

電車が揺れる。

夕日が唯ちゃんの瞳に映って、きらきら光っていた。

「私ね、大学行きたい」

「大学?」

「うん。ちゃんと勉強したい」

「何を?」

唯ちゃんは少し照れながら笑った。

「絵本」

その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。

唯ちゃんは続ける。

「子どもの頃さ、絵本に何回も救われたんだ」

「……うん」

「寂しい時も、怖い時も、“大丈夫だよ”って言ってくれる気がして」

唯ちゃんは、自分の指を見つめながら話す。

「だから今度は、私が誰かを救える絵本を描きたい」

その夢は、優しくて、不器用で。

でも、唯ちゃんそのものだった。

「うさぎの絵本描きたいんだ」

「やっぱりうさぎなんだ」

「うん」

唯ちゃんは笑う。

「ちょっと弱そうだけど、ちゃんと前向いてるうさぎ」

僕は思わず笑ってしまう。

「唯ちゃんみたい」

「またそれ言う」

照れたように肩をぶつけてくる。

でもそのあと、唯ちゃんは小さな声で言った。

「……もし大学行けたらさ」

「うん」

「初めて、自分の人生を好きになれる気がする」

僕はその手を、そっと握った。

「絶対なれるよ」

唯ちゃんは驚いたように僕を見る。

「そんな簡単に言う?」

「唯ちゃんが頑張ってるの、知ってるから」

しばらく沈黙。

そして唯ちゃんは、泣きそうに笑った。

「ねえ」

「ん?」

「入学式、見に来てくれる?」

僕は迷わず答える。

「もちろん」

その瞬間。

唯ちゃんは本当に嬉しそうに笑った。

夜の街じゃなく、

朝へ向かう人の顔で。

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