082・断罪の剣と翼
石橋の対岸に集まるのは、武装した神殿兵がほとんどだ。
非武装の神官も何人か。
そして、集団の先頭、神殿兵に守られるような位置に1人の豪華な神殿服を着た年配の男性が立っていた。
「――枢機卿です」
と、教皇様が耳打ちしてくれる。
へぇ、あの人が……?
僕も目を凝らす。
見た感じ、人の良さそうな温和な顔立ちで、悪巧みしそうな人物には見えない。
でも、
(目が怖いな)
表情は微笑み、だけど、細い目は笑っていない。
枢機卿のそばには、酷く太った清貧を尊ぶ聖職者とは思えない人物もいる……多分、あっちは大司教だろう。
うん、大司教は見た目からわかり易い感じ。
彼らと石橋を挟んで対峙するように、僕と女冒険者3人、将軍さんと騎士隊の皆さん、教皇様と聖女さんと太った神殿騎士、他、古き神殿の神官さんたちが慣れない武器を手に集まっている。
人数は、向こうの100人に対し、その3分の1ぐらい。
でも、
(個人の武は何人か、こっちが上の気がする)
だからだろう、向こうも石橋を越えて、こちらに攻めてこない。
と、その時、
「若木様、若木様、無事ですか!?」
(む?)
対岸から枢機卿が叫んだ。
こちらの数人が表情をしかめ、葉っぱを生やした僕が前に出る。
すると、
「おお、若木様!」
と、彼は一瞬、目を瞠り、すぐに親しげな笑顔を浮かべる。
僕は無言。
代わりに、聖女のシャルさんが叫んだ。
「何しに来たんや、枢機卿!」
「何とは……不躾な問いだな、聖女よ。先日、若木様がこの神殿に向かう途中、大変な目に遭われたと聞き、急ぎ戦力を集め駆け付けたのだ」
「……はぁ? 白々しい」
「何?」
「自分らが若木様を狙ったんは、とっくにわかっとるわ! 証拠も幾つもあがっとるで!」
ガシャン
同時に、僕と教皇様以外の皆が武器を構える。
枢機卿は絶句。
大司教は目を見開き、僕らの戦闘態勢に向こうの神殿兵たちも武器を構えてきた。
(…………)
僕は無言で成り行きを見守る。
と、枢機卿は大きく手を広げ、
「何を馬鹿な!」
聖女であるシャルさんの言葉を真っ向から否定した。
僕を見て、
「騙されてはなりませんぞ、若木様! 教皇、聖女は私欲に走る愚かな面がございます! 此度、若木様が狙われたのも奴らの自作自演、若木様を手中に収めようという卑しくも悪辣な企みかもしれませぬ!」
「…………」
「その女どもの言、聞いてはなりません。信じてはなりませんぞ!」
「…………」
「さぁ、今はこちらへ! 安全なる我らの元へ、おいでくださりませ!」
と、手を伸ばしてくる。
ふ~ん?
(そう来る訳か)
確かに、教皇様、聖女さんの言葉が真実の保証はなく、枢機卿の話が正しい可能性もある。
だって、証拠がないから。
あるという証拠は、皆、教皇様、聖女さんが言っているだけで僕にはわからない。
だから、僕が2人に騙されている可能性も、実はある訳で。
(だけど……ねぇ)
枢機卿は知らないのだろう。
初めて聖女さんと出会った時、僕は『青き魔人』に殺されかけていたんだ。
情け容赦のない、圧倒的な破壊の力を振るわれ、けれど、その恐ろしい力から命懸けで僕を守り抜き、あの魔人を追い払ってくれたのが彼女なのである。
100の言葉は要らない。
たった1つの心ある行動――それで充分だ。
(うん、それだけで信じられる)
僕は青い瞳を伏せる。
静かに、息を吐く。
枢機卿の訴えに教皇様は何も言わず、聖女のシャルさんは一瞬、心配そうに僕を見る。
気づき、僕は微笑む。
彼女は「ぁ……」と安心したように表情を綻ばせた。
シャン
手にした錫杖を、再び枢機卿たちに向ける。
僕は言う。
「――僕は、ここにいる」
そう宣言し、頭の『葉っぱ』を強く輝かせた。
パアアアッ
神々しい光が、その場の人々を照らす。
その輝きを見た途端、対岸に集まった神殿兵、神官たちは目を見開き、何人かが武器を捨て、その場に跪き、平服し始めた。
それを見て、大司教も太った肉を揺らし、慌てた表情だ。
枢機卿の顔から、笑みが消える。
チッ
舌打ちし、一瞬、悪鬼のような表情が見えた。
でも、それをすぐに消し、聖職にある偉大な指導者の仮面を被ると、周りの人々に鋭く告げる。
「若木様が騙されている!」
(お?)
「純粋な御心を利用され、背信者共に囚われてしまわれた! その奴らの手より若木様を奪い返す! 奮い立て、諸君! その信仰の正しさを、今こそ命を賭して見せるのだ!」
力強く、響きの良い声だ。
感情を揺さぶり、強く人の心に刺さる。
だからか、
ザワッ
枢機卿・大司教派のほとんどが高揚した決死の表情で、こちらに武器を構え出した。
(……うん)
説得は無理だ。
僕が何を口にしても、『騙されているから』と何も聞いてもらえないだろう。
人は、信じたいものを信じる。
そして、自分が正しい行いをしていると信じるのは、ある種の快感だ。
だからこそ、きっと説得の言葉も届かない。
(…………)
それが……少し悲しい。
代わりに、聖女が怒りを叫ぶ。
「この阿呆がっ! 若木様に1歩でも近づいてみぃ! 全員、ぶちのめしたるわ!」
シャシャン
錫杖を振り回す。
(か、過激……)
教皇様は息を吐き、
「致し方ありません。……若木様?」
と、僕を見る。
(あ、うん)
了解を求められ、僕は頷く。
彼女も頷き、頭を下げる。
「教会の者として、少々お見苦しい所をお見せします。――全員、若木様をお守りなさい!」
『はっ!』
静かな、けれど、力強い教皇様の言葉に、こちらの神官たちが応じる。
そして、
「ふんっ! やっぱ、こうなったわね!」
「シーナには指1本触れさせません」
「やむを得ぬ。今後のためにも、教会の腐った部位をきっちりと断ち切っておくぞ」
と、最も信頼する3人も言う。
自分を守るように立つ彼女たちに、僕もつい微笑んでしまう。
(ありがとう)
青い目を伏せ、感謝を思う。
そして、枢機卿は、
「若木様をお助けせよ、皆、進めぇいっ!」
と、長い錫杖を前方に振る。
その号令を合図に、枢機卿陣営の100人近い連中が雄叫びをあげ、長い石橋の上へと一斉に駆け出したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
相手の人数は、3倍以上。
けれど、互いを結ぶ石橋の上は、1度に4人が並べる程度の幅しかない。
もし戦うなら、せいぜい2人が限界だ。
ザン
そこに立つのは、王国最強の『金印冒険者』レオナック・オルンと『将軍』ダレイオス・ガンターの2人――両者は、戦斧と斧槍を持ち、迫る枢機卿陣営を待ち受ける。
決死の表情の敵信者たちが、こちらに殺到する。
そして、ついに接敵。
「ぬんっ」
「ほぅりゃあ!」
ドガァン
次の瞬間、魔法の火の粉を散らし、敵神官が4~5人、まとめて吹っ飛んだ。
(わぁ……)
思わず、唖然。
交通事故のように空を飛び、落下地点にいた別の神官たちを巻き込み、複数の転倒が発生する。
一瞬、彼らの足も止まった。
けれど、
「怯むな、若木様を救え! その信仰を見せるのだ!」
奥で枢機卿が叫ぶ。
と、彼らの瞳に信仰の輝きが灯り、今の惨状を見たはずなのに、怯むことなく大人数で突っ込んでくる。
教皇様が嘆くように首を振り、祈る。
戦場の2人は、容赦しない。
ドォン ズパァン ゴォン
頑丈な石橋を揺らす勢いで、相手をなぎ倒し、吹き飛ばし、切り崩す。
鮮血が舞い、何人かが石橋から落ち、谷底の闇に消えていった。
(…………)
でも、止まらない。
太った大司教が、お腹の肉を揺らしながら錫杖を振る。
周囲の神官も同調し、
ヒィン
(!)
光の矢のようなものが放たれた。
「させるかい!」
シャン
こちらも聖女のシャルさんが錫杖を振り、無数の小さな『光の花』が咲き、その無数の矢を受け止める。
カシャン カシャン
ガラスが割れるような音が連続して響く。
花が散り、けれど、光の矢も砕ける。
敵は複数人で攻撃を仕掛け、けれど、こちらはシャルさん1人の防御魔法で防いでいる――さすが、『聖女』だ。
と、今度は敵の神殿兵の何人かが弓を構えた。
バシュシュ
今度は、物理の矢が飛んでくる。
(わっ?)
けど、次の瞬間、周りの王国騎士たちが前に出て、その矢を全て剣や盾で払い落とした。
僕は無傷。
こちら側にいた古き神殿所属の神官さんたちも無事だ。
でも、矢は再び飛んでくる。
(数が多い)
騎士は20人、でも、相手の射手は50人ぐらいいて、矢の数も当然それぐらいだ。
騎士隊は、僕中心に守ろうとする。
気づいた僕は、
「僕は大丈夫。周りの人を守って!」
と、指示。
『光合成』がある今は、動体視力も身体能力も高く、あれぐらいの矢に当たる気がしない。
騎士隊は、即、応じ、周りの教皇様や神官さんたちを守る。
で、僕に数本、矢が向かう。
(叩き落として――)
と、古樹の霊剣を握る手に力を込め、
「はっ」
「おりゃっ」
それを振る前に、レヴィン姉妹が僕を守ってくれた。
槍と短剣が、矢を砕く。
(お?)
僕は目を丸くし、
「ふんっ、一応、アタシの後輩なのよ。怪我なんてさせないからね」
と、背中を見せる少女が言う。
……えと、
(ありがとう、パルシュナ)
なんか、照れる。
一方、僕の年上の恋人さんは、そんな妹に微笑み、それから前方に向き直ると、かすかに紫色の瞳を細めて対岸を見つめる。
地上の歩兵は、レオナックさん、将軍さんが足止めしている。
けど、魔法と物理の矢は止まらない。
こちらは防御し切り、被害もないけど、相手の射手を攻撃できない。
なので、
「潰します」
遠距離攻撃ができるクレティーナさんが、そう告げた。
ヒュン
1度、『流星の槍』を回転させ、構えると、魔法の『光の槍』が3本、空中に浮かんだ。
その唇が開き、
「――貫け、白き流星槍」
ドン
文言と共に『光の槍』が飛ぶ。
石橋に集まる人々の頭上を越え、対岸の射手を中心に着弾し、大きな魔力爆発を起こす。
ドパァン
何人かが吹き飛ぶ。
爆発地点には、手足を千切れさせた人もいて、周囲の射手たちも青褪めた。
けど、銀印冒険者は容赦しない。
ヒィン
第2弾の『光の槍』が空中に生まれる。
枢機卿は舌打ちしそうな表情で、その手の錫杖を揮う。
「――貫け、白き流星槍」
「――神敵を滅せよ。反転照射鏡」
(お?)
射手たちの上空に、鏡のような円形の『魔法の盾』が3枚、現れた。
リィン
3本の光の槍はその『魔法の盾』に命中し、その鏡のような表面から吸い込まれ、直後、前後が逆転したように3本の『光の槍』が僕らの方へと飛来した。
(え……わっ?)
僕は驚き、
「貫け、白き流星槍」
ドドン
クレティーナさんは冷静に、再度、魔法の槍を放ち、その『光の槍』を同じ『光の槍』で迎撃する。
計6本の『光の槍』が空中で激突。
ドパパァアン
空で、魔力爆発が弾けた。
爆風が僕らの髪を揺らし、周囲に土煙を広げていく。
シャン
枢機卿は、錫杖を構える。
(なるほど)
単なる悪党とは違い、実力もあるようだ。
でも、それはそうか。
人格はともかく、相手は1国の宗教組織の中で、ナンバー2まで上り詰めた人物なのだ。簡単な相手ではないのである。
少なくとも、
(銀印冒険者の魔法を反射してくるぐらいには……)
だ。
姉妹の妹は渋い顔、反射された姉も少し瞳を細め、攻撃を中断している。
今の所、膠着状態。
地上戦は石橋で堰き止め、空中戦は一方的に物理と魔法の矢で攻撃されているけれど、こちらの防御も完璧で被害は出ていない。
枢機卿とクレティーナさんは、互いの手に備えて、睨み合いだ。
(さて、どうするか?)
敵の矢には、きっと限界がある。
魔力も、矢の数も有限だ。
それが尽きれば、向こうの攻撃の手はない。
ただ、ポーションなどの回復手段や矢の補充が来るかもしれないし、その限界がいつかはわからない。
その前に、騎士隊の防御が乱れ、被害が出る可能性もある。
あと、あまり考えられないけど、レオナックさん、将軍さんの2人の体力が尽き、石橋を突破される可能性もあるんだ。
どちらが先か、持久戦っぽい感じ。
ドパァン
石橋上で、戦斧の炎が弾ける。
火の粉と共に鮮血が散り、向こうの神殿兵がまた1人、谷底に落ちていく。
(…………)
信仰心ゆえの暴走。
彼らは、悪人ではない。
心から正義と感じ、信じ、命を懸けて僕らに刃を向けている――その善なる覚悟は、本物だ。
でも、それを利用する奴がいる。
ジッ
僕の青い瞳は、その対岸の人物を見る。
枢機卿は今、クレティーナさんの動向を注視し、飛来する『光の槍』へ対処できるように集中していた。
僕は、息を吐く。
(止めよう)
悪の大元を。
善なる信仰心を悪に導くその人物を。
キィン
僕の頭で、2枚の葉が輝く。
強く、強く……。
その光量は段々と強くなり、溢れる『聖気』が周囲を太陽のように照らしていく。
その輝きに、皆が気づく。
「シーナ?」
そばにいたクレティーナさんが、驚いたように僕を呼ぶ。
力が……溢れる。
全身が熱い。
手にある『古樹の霊剣』を握り締め、
メキッ
その時、僕の背中から『何か』が生えた。
木の枝だ。
僕の肌から生え、服の生地を突き破り、細い枝が長く伸びていた。
全員、ギョッとする。
枝は伸び、広がり、絡まり、そして、無数の葉が生え、まるで『若葉の翼』として、左右に大きく広がった。
バサッ
1度、羽ばたく。
(うん、思い通りに動かせる)
それを確認する。
驚く皆の前で、軽く跳躍。
トン
それだけで高さ10メートルの上空に到達し、大きく若葉の翼を広げて、しばしその場に滞空した。
頭では、2枚の葉っぱが天使の輪のように輝く。
戦闘が、止んだ。
戦場にいた全員が、僕1人を見ていた。
驚き、感動、畏れ……様々な感情がその顔に見える。
そして、枢機卿も、天にある僕の姿を見つめ、放心したような表情を浮かべていた。
その瞳に、一瞬、無垢な光が浮かぶ。
ああ……かつて、若かりし頃の彼は、そのような真っ直ぐな信仰の瞳をしていたのだろうか?
なぜ、こうなってしまったのか?
不思議な感情の流れを感じ、
(…………)
僕は、青い瞳を伏せる。
バヒュッ
大きな翼をはばたかせ、石橋を越えて一気に滑空し、枢機卿の元へと一瞬で到達し――同時に、手にした霊剣を揮う。
小さな手応え。
「ぁ……」
短い声がした。
その数秒後、
ゴト……ン
胴体と別れた彼の頭部が、呆けた表情のまま、地面に落ちる。
続いて、胴体が崩れ落ちた。
ドサッ
誰もが静かな世界で、その音が妙に大きく響いた。
僕は息を吐く。
そして、周囲を睥睨する。
美しい翼を生やし、輝く光の葉っぱを生やした少年の眼差しを向けられると、途端、彼らは一斉に武器を投げ出し、全員が地面にひれ伏した。
断罪は、執行された。
先導者は、もういない。
僕は、天を仰ぐ。
太陽の光が眩く、それを受け、僕の葉っぱも強く輝いている。
その手が持つ剣の先から、
ポタッ
赤く滴る血が1適、地面の上へと落ちた。




