081・僕の生まれた訳は
「――僕は、その3体の『青き魔人』を倒せばいいんだね」
気づけば、そう口にしていた。
全員が僕を見る。
特にクレティーナさんは、
「何を言うのです!?」
と、慌てたように言う。
彼女も、あの青き魔人の恐ろしい力を目にしている――だからこそ、僕を心配してくれているんだ。
それが嬉しい……。
(――でも)
僕は、少しだけ笑い、
「きっと、僕が生まれたのは……僕の頭に葉っぱが生えているのはそのためなんだよ」
「シーナ……」
年上の恋人さんは、泣きそうだ。
(ごめんね)
でも、そう感じるんだ。
彼女の妹のパルシュナは、複雑そうな顔をしている。
逆に、金印の冒険者であるレオナックさん、王国の将軍であるダレイオスさんは、何だか覚悟を決めた表情だった。
教皇様は言う。
「若木様がそう願うならば、我ら奉樹の神聖教会は協力を惜しみません」
「せやな」
聖女のシャルさんも頷く。
(うん、ありがとう)
僕も頷き返す。
だけど、ただ1人、クレティーナさんだけはまだ納得していない顔で、
「シーナ」
「ん?」
「貴方は『シーナ』です。決して『若木』ではありません」
「…………」
「他人の思いを背負い、人々の願いのために生きる必要はないのです。シーナは、ただ自分のため、シーナ自身のために生きて良いのですよ?」
両肩を掴み、真剣に訴える。
……うん。
僕は頷く。
「わかってる」
「…………」
「でも、『青き魔人』という存在は、9年前、クレティーナさんの祖国を滅ぼした、クレティーナさんの家族の仇なんだよね? クレティーナさんやパルシュナを悲しませ、苦しめた張本人なんだよね?」
「あ……」
「なら、僕はアイツらを許せない」
「シーナ……」
彼女の声が震える。
僕は、目の前のクレティーナさんを青い瞳で真っ直ぐ見つめる。
口を開き、
「――『神樹の若木』だからじゃない、『シーナ』の意思で戦うって決めたんだ」
はっきり告げた。
年上の彼女も、妹の少女も息を飲む。
その紫水晶の瞳の中に、様々な感情の色が激しく揺れる。
やがて、
「シーナ……」
ギュッ
その両腕は、僕を抱き締めた。
僕の首に顔を押し付け、震えながら、少しだけ流れた涙が僕の肌を濡らす。
僕の小さな手も、その背中に優しく触れる。
パルシュナは真っ赤になりながら、大粒の涙の溜まった目で、でも、決して泣かずに唇を尖らせる。
赤毛の美女は、そんな姉妹を見つめる。
やがて、
「我も手伝おう」
と、しっかりとした声で言った。
(レオナックさん……)
続けて、
「フィーンレイド王国も協力は惜しまぬ。そのことを王国軍第1軍団将軍ダレイオス・ガンターが王国を代表し、若木殿に誓おう」
と、ダレイオス将軍が。
先に協力を約束した教会関係者の2人も、その言葉に頷く。
僕も青い瞳を伏せ、
(――うん)
と、頷いた。
僕1人なら無理かもしれない。
でも、みんなと一緒なら……。
同じ思いの人たち全員で力を合わせたら、きっと何とかなる――そう思えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「若木様に1つ、お願いが」
「え?」
不意に、教皇様が僕に言う。
「大変なこととは思いますが、若木様には聖教国ラマーンにお越し頂きたいのです」
「ラマーンに?」
「はい」
彼女は頷く。
聖女以外の全員が驚きの顔になる。
教皇様は一瞬、神妙な空気を宿し、すぐに顔を上げる。
「聖教国の大神殿に保護される若木様――『神樹の少女』を助けて欲しいのです」
「助け……?」
「はい。その若木様は9年前、青き魔人との戦いで深手を負い、いまだ治らずにいるのです。どうやら『聖気』を生成する器官――『神樹の若葉』の部分を損傷しているらしく、我らの神聖魔法でも治せません」
「…………」
「ですが、同じ『神樹の若葉』を持つシーナ様ならば、あるいは救えるのでは……と」
なるほど。
僕の葉っぱは『聖気』を生成する。
(つまり、その聖気が生む回復力なら、その神樹の少女を治せる可能性があるんだね?)
僕は頷き、
「わかった、行くよ」
と、即、答えた。
教皇様と聖女は、安心したように笑う。
僕は、仲間の3人を見る。
「いいよね?」
「シーナが望むなら、私は構いません」
「ふむ。その『神樹の少女』を治せるなら、対『青き魔人』の戦力も増えるというもの。反対する理由はあるまい」
「……ってか、私ら同行するの前提なの?」
「え?」
あ……。
(言われてみれば、3人も一緒のつもりだったっけ)
わ、わぁ~、どうしよう?
慌てる僕に、年上2人は苦笑し、同い年は呆れる。
「ま、いいわよ」
「パ、パルシュナ……」
「アンタ1人だとすぐ死んじゃいそうだし、姉上もレオも行く気満々みたいだし……はぁ~、面倒な後輩だわぁ」
「…………」
僕は青い目を見開き、瞬く。
年上の美女2人は頷き、少女の姉が妹の髪を撫でる。
「ふんっ」
少女はそっぽを向く。
(ツ、ツンデレ少女ぉ~……!)
悔しいけど、嬉しいじゃんか。
僕らの様子に、教皇様と将軍さんは顔を見合わせ、聖女のシャルさんは「わはっ、素直やないなぁ~」と楽しそうに笑う。
何はともあれ、聖教国行きは決まった。
日程としては、
「恐らく、出発まで1ヶ月の準備期間がいるかと」
「え、1ヶ月も?」
「はい」
教皇様は申し訳なさそうに頷く。
僕が新しい『神樹の若木』であることはフィーンレイド教皇の権限で成立する。
だけど、奉樹の神聖教会の総本山がある聖教国への移動や、もう1人の若木様との面会に関しては、聖教国の大神殿にいるお偉い方々の許可が幾つも必要になるとか。
また移動日数も含めると、
「到着は、2ヶ月以上先になるでしょう」
「2ヶ月……」
そんな遠いの?
唖然となる僕に、
「防衛上の問題で、聖教国には直接『転移の門』が繋がれておらんのや。フィーンレイド王国から行く場合は近隣の国を経由し、そこからは徒歩か車両で街道を移動する必要があるんやよ」
と、聖女のシャルさん。
(そ、そっかぁ)
地理的な問題は、何ともできないよね。
ダレイオス将軍は王国内の移動の安全はもちろん、経由する他国にも王国から働きかけ、できる限り迅速かつ安全な旅となるよう尽力してくれると約束してくれた。
レオナックさんも頷く。
「まぁ、焦る必要はない」
「……そう?」
「うむ。待ち時間があるのは、逆にシーナを鍛え、更に強くする時間を得たと同じじゃからの」
「…………」
「覚悟しておけよ?」
「う、うん」
師匠の笑顔が怖い。
(僕、無事に出発の日を迎えられるのかなぁ……?)
と、若干、遠い目だ。
…………。
そんな風にして、今回の教皇様たちとの会談で、僕の聖教国ラマーン行きは決定したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ドンドン
(ん?)
不意に、部屋の扉が叩かれた。
ここでは今、重要な会合がされている――そのことは古き神殿の人たちも知っているはずだ。
なのに、ノックされた。
その事実に、僕らは全員、顔を見合わせる。
すぐに聖女のシャルさんが席を立つ。
ガチャッ
「何や?」
と、扉を開けた。
外の廊下には、神官さんが1人、頭を下げていた。
その顔色は悪く、彼は申し訳なさそうな表情で「緊急事態です」と口にした。
(緊急事態?)
僕は首をかしげ、
「枢機卿様と大司教様が今、複数の神殿兵を伴い、神殿の外にいらっしゃっております」
と、神官さんは言った。
……え?
僕は、青い目を丸くする。
全員、驚きの表情で、
「どうやら最終手段として、直接、若木様にお会いになる選択をしたようですね」
と、教皇様。
(ええ……)
僕は呆れる。
だって、先日、枢機卿たちの手の者に襲われたばかりだ。
なのに、会うと思うの?
僕は聞く。
「今更、弁解する気かな?」
「あり得ぬ」
と、断ずるのはレオナックさん。
僕を見て、
「滑落したシーナは知らぬだろうが、あの時、我らを狙った襲撃犯の何人かは生け捕りにし、黒幕は枢機卿たちであるという証言もすでに得ておる。言い逃れはできぬ」
「そうなの?」
「うむ」
豊かな赤毛を揺らし、彼女は頷く。
聖女も言う。
「それだけやないで」
「え?」
「若木様が来る何日も前から、マレナも動いてたんや。事前に暗殺を依頼された連中を何人も捕縛しとるし、暗殺計画の証拠となる手紙なんかも確保しとる。街道に設置された罠も回収し、物証も手に入れたんや」
「…………」
「それら全部、枢機卿派の仕業やってわかっとるんよ」
ひぇ~。
僕は慄きながら、教皇様を見る。
(つまり、僕と会うことを囮にして、枢機卿&大司教派を追い落とすための活動を彼女も行っていたってことだよね?)
無論、枢機卿たちが悪事を行うと予測して。
妙齢の美女は、重ねた年齢ゆえか泰然とした表情だ。
僕の視線に気づき、
ニコッ
と、笑う。
……大人って怖い。
そりゃ、教皇にまで上り詰めるような女の人だもん、権謀術数できるよね?
と、将軍さんが息を吐き、
「追い詰められた末の実力行使、か」
「多分、せやね」
同じ教会の聖女さんが同意する。
実力行使……。
つまり、
「僕を殺す?」
「というか、我ら全員をじゃろうの」
「…………」
「全員の口を封じ、最終的には『青き魔人』の襲撃で皆、亡くなったとでも聖教国とフィーンレイド王国には報告するのじゃろう」
「わぁ……」
レオナックさんの言葉に、僕、遠い目だよ。
ギシッ
と、隣のクレティーナさんが席を立つ。
表情は静かで、けれど、迂闊に触れたら肌が切れそうなほどの緊迫感を感じる。
紅い唇が開き、
「――奴らを殺します」
と、静かに告げた。
(おお……)
背筋がゾクゾクしちゃう。
「シーナを害する? ふざけたことを……例え神が許そうと、そのような蛮行、このクレティーナが決して許しません」
「当たり前じゃ」
「王国も同じである」
「いやいや、神様も許さへんで?」
ガシャン
金印の冒険者、王国将軍、聖女の3人も物騒な笑顔で立ち上がる。
闘気なのか、魔力なのか、4人の周囲の空気がなぜか歪んで見える。
(ほわぁ……)
僕は呆け、
「し、仕方ないわね」
と、少し気後れした様子で、パルシュナも立ち上がった。
あ、うん。
なんか、ごめん。
(でも、ありがとう)
少女の様子に、僕は不思議と冷静さを取り戻し、大きく息を吐く。
パン
頬を叩く。
青い瞳に気合を入れ、
「――僕も行く」
と、席を立った。
集まる視線に、
「せっかくだから、僕を狙う枢機卿と大司教っていう人の顔、見てみるよ」
そう笑った。
5人は目を瞬き、笑って頷く。
シュル
衣擦れの音を響かせ、最後に教皇様も微笑みを湛えたまま立ち上がる。
僕らを見回し、
「わかりました。では、皆で参りましょう」
と、言う。
彼女を先頭に、長い廊下を歩く。
やがて、古き神殿の外に出ると、大きな石橋の手前と奥で、僕らは枢機卿、大司教が率いる100人規模の集団と対峙することになったのだった。




