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神樹の少年シーナ ~転生したら、頭に葉っぱが生えたんだけど?~  作者: 月ノ宮マクラ


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076・迷宮の外へ

 ――生死をかけた3分が始まった。



 牛頭の怪物は、憤怒の咆哮と共に僕へと斧を振り回してくる。


(……っ)


 ガッ ギィン


 僕は、その重い攻撃を受け流す。


 ……受け流すことができてしまう。


 完璧に決まった時には、巨大な怪物は体勢を崩し、僕はすかさず反撃に入り、その身体を『古樹の霊剣』で切り裂く。


 パシュッ


 硬い皮膚。


 浅い斬撃になるけど、体表から血が噴く。


(もう1歩、踏み込め)


 肉体は熱く、けれど、心は冷静にそう告げる。


 ミノタウロスは暴れ回り、僕は必死にかわし、受け流し、反撃を決める――うん、今度は深く入った。


 噴き出す血液に、魔物は吠える。


 攻撃が単調になる。


 だから、僕はより冷静に、丁寧に対処し、牛頭半人の肉体に傷を与えていく。


 …………。


 ああ……。


(――1人で戦えているよ、僕)


 そう強く自覚する。


 前回、人喰鬼(オーガ)との戦闘では、パルシュナやクレティーナさんとの共闘だった。


 でも、今は違う。


 1対1。


 相手の意識は全て自分に集中し、攻撃も、防御も、その密度があまりに濃くなる。


 なのに、


(戦えてる)


 そんな自分に驚く。


 でも、既視感があるんだ。


 短い間だったけれど、濃密な日々の稽古……レオナックさんに鍛えられた実戦稽古の時と同じ、自分より強い相手と戦う感覚だ。


 金印冒険者の凄まじい攻撃と防御。


 その圧力。


 それに比べたら、


(コイツは、雑だ……)


 あまりに隙が大きく、ただ身体が大きいだけでそれ以上の脅威がない。


 あはは……。


 心の中で、笑う。


 レオナックさんは、本当に凄い。


 僕みたいな素人の子供を、こんな怪物と戦えるように短期間で仕上げてくれていたのだ。


 剣技、魔力纏い、そうした技術。


 そして、それを扱う心。


 全てを、あの美しい赤髪の美女は磨き上げてくれたのだ。


 だから、


(僕は今、戦えている)


 その喜びと感謝が、戦いながら湧き上がってきてしまう。


 振り下ろされる巨大な斧。


 当たれば絶命する。


 でも、稽古中、何度も見慣れたレオナックさんの剣に比べ、遅く、当たれば死ぬのも同じで、だからこそ、当たり前に半身に回転しながら剣を当て、威力を殺しながら受け流せる。


 ドゴォン


 流された斧が床を砕く。


 僕は、勢いのまま回転し、剣を横薙ぎに揮う。


 バシュッ


 間近に迫った右の赤い眼球を、表面だけ撫でるように斬った。


『ブモゥッ!?』


 奴がのけぞる。


 ダメージは浅く、けれど、痛みと視界を奪われた驚きでの反応だろう。


 今が――チャンス。


 時間がない。


 3分の内、もう1~2分は過ぎただろう。


『魔力纏い』の限界時間、それが来てしまえば、いかに鍛えられたとはいえ、今の僕に勝ち目はない……それもわかるのだ。


(ここで、決める!)


 ダンッ


 僕は、前に出る。


 より深く、より致命の攻撃を当てるために。


『ブフゥッ!』


 僕の動きに、奴も残った片目で遅れて気づく。


 斧を振り上げ、


(遅い!)


 僕は先手を取り、奴の太ももの内側を斬る。


 ザキュッ


 重い手応え。


 人身の太い足は、やはり同じ個所に太い血管があったのか、大量の血液を噴いた。


 ブシュウウ


 僕の全身に、返り血が飛ぶ。


 構わず、僕は動く。


 突然の斬撃に、奴の体勢が崩れ、巨大な牛の頭部が落ちてくる。


 ヒュッ


 回転し、舞うように剣を斬り上げる。


 人と牛の結合部分の頸部、その太い血管と気道を断つように『古樹の霊剣』の青い刃を喰い込ませ、残った力を全て注いで振り抜いた。


 バシュッ


 厚い肉を裂き、剣が抜ける。


(――よし)


 この怪物の命に届いた手応え、それを確かに感じた。


 僕は勝利を確信し、


 バキィン


「が……っ!?」


 直後、真横からの衝撃に、大きく吹き飛ばされる。


 石の床に落ち、転がる。


 ゲハッ


 肺の中の空気と赤い血が、口からこぼれる。


 痛みで動けない。


 必死に目だけを動かし、奴を見る。


 ズシ


 首から大量の血を流しながら、奴が、僕の方へと歩く。


 1歩、また1歩。


 傷ついた足取りで、けれど、止まらずに……。


(何で……?)


 勝ったと思った瞬間、牛頭の巨大な角で弾かれたのだとは、遅ればせながら理解している。


 だけど、なぜ動けるのか、わからない。


 まさか、不死身……?


 その想像に、ゾッとし、


(……あ)


 奴の目に気づく。


 あれは、死者の目だ。


 生命の輝きはなく、けれど、強い闘争心だけが炎のように宿っている。


 …………。


 僕は、呆けた。


 同時に、理解する。


 やはり、僕は勝っていた。


 だけど、生命が完全に活動を停止する前の僅かな時間、その時間の全てを費やし、あの怪物は僕を殺そうとしていたのだ。


(ああ……)


 なんて、戦士だ。


 なんて、生き物だ。


 ズシ……


 奴の歩みが、遅くなる。


 やがて、


 ズ……


 足が止まる。


 大量の血液はいまだ流れ続け、その足元の床にドシャッと膝をつく。


 残った1つの眼球から、炎が消えた。


 ズズゥン


 牛頭人身の怪物は重い音を立てながら、床に倒れた。


 もう……動かない。


 2度と、動くことはない。


(…………)


 これが、お互いの生命をかけた戦いというものだと、あの怪物に教わった気がした。


 ググッ


 剣を支えに、必死に身体を起こす。


 動かぬ怪物の死体を見つめ、


「ふ……ぅぅ……」


 僕は震えながら青い瞳を伏せると、ようやく長い息を吐き出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 しばし、呼吸を整え、


(さぁ……上に行こう)


 僕は、ミノタウロスの死体に背を向け、階段の方へと歩き出す。


 ズキッ


(ぐ……っ)


 右足に強い痛み。


 最後、弾き飛ばされた時に捻ったのかもしれない。


 いや、正直、足だけでなく、背中も痛いし、脇腹も痛いし、左肘は逆に痛みの感覚がなくなってきている。


 ああ……。


(もう、限界近いかも……)


 そう悟る。


 剣を頼りに、階段の前まで来る。


 …………。


 よし、決めた。


 僕は、階段の1段目に座ると、荷物から携帯食料と水筒を取り出した。


 ハグ モグモグ


 と、最後の1本を食べ、


 ゴクゴク ゴクン


 と、水筒の水も飲み切る。


「ふぅ」


 諦めたくはない。


 でも、現実は厳しく、ここで補充したエネルギーを全部使い、無理なら、もう僕は脱出できないのだと判断し、覚悟を決めた。


 と、その時、


 ギチチ ブチ ブチュン


(ん……?)


 変な音が聞こえ、視線を向ける。


 ランタンを掲げ、


(あ……)


 見れば、遠く照らされた牛頭人身の怪物の死体に、何匹もの魔物虫があつまり、その死肉を食らっていた。


 僕は言葉なく、その光景を見つめる。


 迷宮での死。


 その意味を感じる。


 でも、仕方ない。


 今はただ、その近づいてくる恐ろしい死の手から全力で逃れ、脱出できると信じ、ただがんばるのみだ。


(行くぞ、シーナ)


 僕は、立ち上がる。


 ズキ ズキン


 全身の痛みを堪え、剣を杖代わりに、1段1段、階段を登り始めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 長い階段だった。


 思い切って、食料と水を全部飲み食いしたけれど、それがなければここまで歩けなかったかもしれない。


 それぐらい、


(う……ぐっ)


 痛みを耐えながら階段を登るのは辛い。


 脂汗が噴き、疲労し切った手足が震える。


「ふぅ、ふぅ」


 必死に呼吸を整え、登る。


 石造りの階段は、所々、段差が崩れ、角が丸まっている場所もある。


 慎重に、足を踏み外さないように。


 カツン カツン


 杖を支えに、ゆっくり歩く。


 ……大丈夫。


 きっと、この先が地上だ。


 急斜面を土砂と共に滑落し、遺跡の上部を破壊して中に潜り込んだとしても、そう深い階層までは落ちないはずだ。


 だから、


(この先が地上でも、全然、おかしくないんだ)


 そう、自分に言い聞かす。


 ケホッ


 小さく咳き込む。


 う……赤い。


(血だ……)


 激しい戦闘で、口の中か喉をどこか切ったのかな?


 内臓ではない……と信じたい。


 延々と続く闇の中の階段に、心の中の不安や恐怖が育っていくのを感じる。


 大丈夫!


 きっと大丈夫!


(クレティーナさんの所へ、絶対、帰るんだ……!)


 あの人の優しい笑顔を思い浮かべ、必死に悪い思考を追い出し、自分の足と心に力を与える。


 カツン カツン


 カツン……


 …………。


 …………。


 …………。


 どのくらい歩いただろう?


 闇の中、体内時計も狂いまくった今、もう時間の経過もわからない。


 思考が鈍る。


 ああ、僕、本当に上へ登っているのかな?


 それさえ、不安になる。


 その時だった。


 フワッ


 僕の金色の髪が揺れ、肌を見えない何か(・・)が撫でた。


(!)


 驚き、足が止まる。


「……風(・)だ」


 思わず、震える声がこぼれた。


 遺跡に入り、1度も感じたことのない感触に、僕は茫然となり、すぐに最後の力を振り絞って階段を登り始めた。


 カツン カツン


 足が急ぐ。


 痛いのに、痛くない。


 やがて、見えてきたのは、土砂に埋もれた階段の出口らしい場所――でも、人が通り抜けられるだけの隙間があった。


 そして、その隙間から、


「星だ……」


 煌めく、星空が見えた。


 空が見える……つまり、外だ。


 僕は、必死に階段を登る。


 息の苦しさも、痛みも忘れ、ただ、迷宮の外を目指して懸命に足を動かした。


 ガラッ ガララン


 瓦礫を踏み、両手も使い、這うように隙間を抜ける。


 抜けた先でバランスを崩し、


(わ?)


 短く坂を落ちる。


 ズザザ……


 でも、すぐに地表が受け止める。


 仰向けの状態で、僕は呆けたように空を見上げた。


 広大な渓谷の間から、紅白の月と美しい星々が煌めく夜空が見え、視界一面を埋め尽くしていた。


(~~~~)


 感情が溢れる。


 目からポロポロと、涙がこぼれた。


 出た。


 出れたぞ。


 真っ暗な迷宮の底から、僕は脱出できたんだ……!


(よし……よし……)


 拳を握り、何度も心の中で頷く。


 わかってる。


 まだ、助かった訳じゃない。


 でも、きっと、あの3人と騎士隊の皆さんも僕を探してくれているだろう。


 遺跡の中と外じゃ、発見度も違う。


 再会の可能性は、非常に高くなるのだ。


(うん、助かる)


 絶対、助かるぞ、僕は。


 そう自分に言い聞かせ、ちゃんと笑う。


 心に力も湧く。


 仰向けだった上半身を、何とか起こす。


(今日は、ここで休もう)


 これ以上、何かをするのは体力的にも無理だし、朝になれば太陽も昇る。


 そうなれば、



 ――『光合成』が使える。



 全身の怪我も治せるし、身体能力も跳ね上がるから、もしかしたらこの急斜面の崖も登れるかもしれない。


 だから、今は休息の時だ。


 僕は、そう判断する。


 あとは、安全を確保して――と、思った時だった。


 ゾクッ


 背筋が震えた。


(!?)


 何だ?


 何かわからない。


 だけど、唐突に恐怖に近い、嫌な予感を覚えた。


 自分の感覚に戸惑い、周囲を見る。


 何もない。


 ふと、視線を上げ、



「……ぁ」



 夜空に浮かぶ紅白の月――その紅い月を背景に、灰色のローブをなびかせる人影が夜空にポツンと浮かんでいた。


 僕は、呆ける。


 神樹を枯らした犯人。


 山道から、僕を滑落させた元凶。


 異常な力を持つ謎の存在。


 バサッ


 夜風に、頭部を隠すフードが外れる。


 現れたのは、長い銀髪に青い肌をした青年の美貌だった。


(…………)


 僕らは数秒、見つめ合う。


 そして――奴は静かに、酷薄な笑みを浮かべ、黒い光点を灯した青い右手のひらを僕へと向けたのだ。

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― 新着の感想 ―
無事に脱出出来たというのに、最悪のタイミングでのエンカウント・・・流石に詰んだか?
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