074・地下遺跡の迷宮
気がつくと、暗闇の中にいた。
(……生きてる)
土砂と共に滑落し、急斜面を落ちていったけれど、僕は生き残ったみたいだ。
ズキッ
「っ」
でも、全身が痛い。
特に、左肘が痛みが強く、上手く曲がらなかった。
だけど、それだけなら、充分、許容範囲だろう……だって、死んでてもおかしくない状況だったんだから。
周囲を見回す。
うん、何も見えない。
薄闇ではなく、完全な真っ暗闇だ。
どうしよう……?
(あ、そうだ)
幸い背負っているリュックは無事なようで、僕は手探りで中から魔力式のランタンを取り出した。
台座の栓を捻る。
ボッ
光が灯り、周囲の闇が晴れた。
(おお、明るい)
不思議なもので、光を見ると安心する。
それを片手に、もう1度、周囲を見回した。
大量の土砂の上に僕はいて、そして、その周りは何か石造りの建物の内部空間みたいだった。
異常に広く、天井は10メートル以上も上方だ。
……何ここ?
僕は10秒ほど、唖然となる。
でも、
(多分、遺跡だ)
と、ようやく気づく。
山間の谷底には古代の遺跡があり、僕は多分、土砂と共に遺跡の外壁を壊し、その内部に流れ込んでしまったのだろう。
見れば、天井付近に穴がある。
穴は、大小複数の岩で塞がれ、時折、パラパラと砂が落ちていた。
(…………)
崩れた土砂が詰まったんだ。
もし、あれで流入が止まらなければ、僕は土砂の中に生き埋めになり、死んでいたかもしれない。
運がよかった……。
ホッと息を吐く。
同時に、遺跡への出入り口が封鎖されていることも理解する。
(別の出口を探さないと)
立ち上がり、魔光灯のランタンを掲げ、周囲を確認する。
僕がいるのは遺跡の中の通路みたいで、等間隔に柱が並び――中には風化し、折れた柱もあるけど――前後に長く空間が伸びていた。
光が届く範囲に、行き止まりはない。
え……広くない?
建物というか、むしろ、迷宮みたいな印象だ。
もしかしたら、地下街、あるいは地下都市みたいな古代遺跡なのかもしれない。
(出口、探すの大変かも……)
思わず、ため息が漏れる。
でも、探さないと。
僕は、顔を上げる。
近くに落ちていた古樹の霊剣を拾い、鞘にしまうと歩き出す。
ズキッ
歩く振動で全身が痛み、特に左肘の痛みが強く増した。
……我慢、我慢。
頭には、2枚の葉っぱが生えている。
だけど、太陽の光がないためか、どんなに念じても、やはり『聖気』は生成されず、力も湧いてこないし怪我も回復しない。
(…………)
今の僕は、ただの子供だ。
でも、赤印の冒険者。
カチャッ
無意識に、古樹の霊剣の柄に触る。
(――みんなに鍛えてもらったんだ、だから、絶対に生き残る)
そう強く思う。
みんなも、僕が滑落して、きっと心配しているだろう。
早く戻らないと……。
そう考え、ふと、あの人の顔が思い浮かんだ。
何となく、今、泣いて心配してくれているような、そんな気がする。
申し訳なく、でも、嬉しい気もして。
(うん、早く帰ろう……クレティーナさんの所へ)
僕は、小さく笑う。
足を急がせ、
ズキッ
「っ」
その度、脳を刺すような痛みが続く。
再会した時のあの人の笑顔を思い浮かべ、断続的な痛みを必死に耐える。
コツ コツ
暗闇の中、足音が反響する。
古代遺跡の長く暗い通路の奥へと、僕は1人歩いていった――。
◇◇◇◇◇◇◇
視界の大半が黒い閉鎖空間では、時間感覚がおかしくなる。
(……1時間ぐらい、歩いたかな?)
と思うけど、実際は、まだ10分ぐらいなのかもしれない。
本当、わからないよ。
全身と左肘の痛みもあり、出口に向かっているのかも定かでない状況は、精神的なきつさもあって、疲労感もより増してしまう。
1度、足を止める。
「ちょっと、休憩」
声に出し、柱を背もたれに床に座る。
(ふぅぅ)
大きく息を吐く。
まず、遺跡の外に出ないと。
そうしないと、何も始まらない。
谷底を出て、人を探し、クレティーナさんたちと合流する――今は、その前段階だ。
だけど、
(出られるのかな?)
周囲を見れば、前後に真っ暗な通路が続く。
果てはない。
…………。
パン
弱気になりそうな自分の頬を、動く右手ではたく。
(大丈夫)
きっと大丈夫だよ。
何度も、自分に言い聞かせる。
普段、当たり前に使っていた光合成が使えないことが、こんなに不安になるとは思わなかったよ。
本当、頼り切ってたんだね。
(あ、そうだ)
今の内に、荷物の確認しとこう。
ガサゴソ
と、リュックを漁る。
携帯食が2袋、約2日分、出てきた。
あと、水筒。
満タンだけど……節約しても、3日分かな。
それと……あ。
「傷薬」
わ、忘れてた。
怪我しても、光合成で治してるから、存在が記憶から消えていたよ。
僕の馬鹿~。
そして、備えていた僕、偉い。
傷薬は、軟膏タイプ。
服を脱ぎ、全身を確かめると、あちこちに青痣があり、何箇所かは腫れ、血が流れている部位もある。
特に左肘は、腫れが酷い感じ。
……折れてる?
いや、わからない。
(とりあえず、塗っておこう)
と、全身の怪我に塗る。
ん……冷たい。
でも、消炎、鎮痛効果があるようで、少し楽になった気がする。
ホッと一息。
携帯食も、1口だけ齧る。
モグモグ
ん……美味しい。
疲れた身体に沁みる。
正直、もっと食べたい。
でも、脱出までどれくらいかかるかわからない。
(今は我慢だぞ、シーナ)
と、必死に言い聞かせ、紙包みを閉じる。
服を着直し、
(……ん?)
その時、何かが聞こえた気がした。
耳を澄ます。
ポタタ……
これは……多分、水滴の落ちる音?
つまり、
(水!)
僕は立ち上がった。
葉っぱの生える僕は、足で水を食べれば、食事が要らない。
つまり、この閉鎖環境で貴重な生命線になるだろう水場があるのかもしれない。
タタッ
焦る僕は、小走りに音の方へ向かった。
…………。
…………。
…………。
「あった」
僕の見つめる先で、ひび割れた通路の壁から水滴が滲み出し、足元の床に水溜まりができていた。
砂と土塗れ。
普通なら、飲めない。
(でも、僕なら――)
靴を脱ぎ、素足を浸す。
おお……美味しい。
ちゃんと、食べれる。
大した量じゃないから、満腹にはならないけど、少しは満たされる。
(……よし)
僕は頷く。
ガリガリ
古樹の霊剣を抜き、近くの壁と地面に傷をつける。
目印だ。
今後、この水溜まりを基点に周囲を探索していこう。
今、飲んでしまったけど、壁から水が垂れ続けているので、時間を置けば、また水溜まりができて食べれるはずだ。
少し安心し、僕は笑った。
靴を履き直し、立ち上がる。
前方の闇を見つめ、
(うん、絶対、脱出してやるぞ!)
◇◇◇◇◇◇◇
体感5時間ほど、周囲を探索した。
でも、
(出口……ないね)
と、落胆する結果だった。
水溜まりを基点に、あちこち通路を歩いてみた。
道中、分岐もあり、壁や床、柱に、剣先で目印の傷を刻みながら、どこか外に通じる場所がないか探したけれど、いまだ見つからない。
時に、通路が崩落して埋まり、行き止まりだったり。
時に、更に地下に続く階段があったり。
目指すのは上の方角なので、何度も引き返し、目印も刻みながら、迷路のような遺跡を歩き回った。
そして現在、
(もう1度、水溜まりに戻ろう)
と、戻っている最中である。
正直、疲労感が強く、若干の眠気もある。
ずっと暗闇だからわからなかったけど、多分、外はもう夜なのだ。
……うん。
(今日は、もう寝よう)
焦っちゃ駄目だ。
幸い、水もある。
携帯食料もあるし、魔力式ランタンの燃料の魔力が不安だけど、消灯中、周囲の魔素を充填するとかで、一応、まだ余裕はあるのだから。
そう自分に言い聞かせ、重い足を引き摺り、歩く。
…………。
もし……出られなかったら?
ふと、その可能性が脳裏を過る。
(……っ)
ブンブン
僕は強く頭を振り、マイナスの思考を追い出す。
余計なことを考えるのは、疲れているからだ。
うん、寝よう。
寝て、肉体も、心も休めるんだ。
そう思いながら、目印を頼りに水溜まりのある場所を目指していき、あともう少し……という場所で、
キキ……
(ん?)
妙な音が聞こえた。
ランタンを前方に掲げる。
通路の先で、水溜まりの水面が光を反射し輝く――でも、そこに何か黒い影もあった。
(!)
――巨大な虫だ。
見た目はダンゴ虫で、けど、大きさが子供の僕の腰ぐらいの高さまでの体長である。
何だあれ……?
その巨大虫は、水溜まりの水を舐めているようだった。
キチチ
けど、その口元に、鋭い牙が見える。
(肉食だ……)
数は1匹。
と、その虫は、僕の気配に気づいたのか、動きを止め、ゆっくりとこちらに向き直った。
数秒の沈黙。
そして、
ゴロン
その巨大な虫は、黒光りする外皮を丸めて球体状になると、僕の方へ転がり始めた。
ゴロゴロゴロ
(わあっ!?)
凄い勢い。
慌てて、避ける。
ドゴォン
通路の壁に激突し、浅くめり込んだ。
細かい破片が飛ぶ。
ゾッ
直撃したら、死んでたぞ。
(ああ、そうか)
つまり、あの体当たりで獲物を殺し、その肉を食らう虫なのか。
多分、魔物の虫。
僕は慌てて古樹の霊剣を抜き、
ズキッ
(ぐ……っ)
左肘が痛く、右手1本で構える。
まずい……。
今の僕は『光合成』が使えない。
本当に、ただの子供の身体能力しかない。
しかも、全身に負傷があり、疲労が溜まり、精神的にも限界が近く、更に剣技のための左手も上手く使えなくなっている。
(僕、死ぬ……?)
そんな不吉な予感が頭の中で弾ける。
ゴロロッ
再びの魔物虫の突進。
「くっ」
僕は、必死にかわす。
直撃を受けたら、それで終わりだ。
でも、狭い通路内で、いつまでもかわせる体力もないし、あの硬そうな外皮を斬れるだけの剣技も右手1本では使えない。
満身創痍、万事休す。
現実を帯びた死の気配に、僕は息ができなくなる。
だけど、
――ふと脳裏に、あの赤毛の師匠との厳しい稽古を思い出した。
怪我をしながら、稽古を続けた。
あれと同じ状況。
そして、光合成が使えない時でも、自分を助けるための技術を教わった。
……あの人から。
(そうだ)
僕は、呼吸を整える。
ぶっつけ本番で、やれるかわからない。
でも、やるしかない。
いや、
(――やってみせる!)
僕は覚悟を決め、最後の精神力を絞り出し、限界まで集中する。
ゴロロッ
再び、魔物が突進してくる。
まだだ。
意識と呼吸を乱さず、ギリギリまで練り上げろ。
まだ……。
まだまだ……。
全身を流れるか細い流れを集め、太く、強く、まとめあげるんだ。
ゴロロッ
巨大な黒い外殻が光りながら、凄まじい勢いで僕の眼前へと跳ね上がる。
すぐ目の前に迫り、
――今だ。
瞬間、僕は右手1本で、軽くなった古樹の霊剣を振り抜いた。
青い刃が、黒い外殻に当たり、
ガシュッ
重い手応えと同時に、巨大な虫は左右に分かれ、僕の両横を吹き飛ぶように通り抜けていった。
ドゴゴォン
背後の壁に、2つに分かれた死骸がぶつかり、体液が飛び散る。
「――ぷはっ」
僕は、強く息を吐いた。
(やった……!)
成功した。
――魔力纏い。
懸命に覚えた自分の技術が、今、光合成の使えない状況で自分の命を救ったのだ。
力が抜ける。
集中が切れ、魔力が放散したのだ。
ペタン
床に座り込む。
(はぁ、はぁ)
手足が震える。
背後を見れば、巨大な虫の体液まみれの死骸が転がっていた。
僕がやったのだ。
光合成抜きで……この僕が。
その事実に、安堵と歓喜が同時に湧き上がり、僕は剣の柄を強く握ってしまう。
(よし)
目を閉じる。
ありがとう、師匠。
ありがとう、クレティーナさん。
いつか、こういう状況が僕に訪れることを、あの2人は見越していたんだね。
だから、その技術を教えてくれ、僕は生き延びれたんだ。
…………。
その事実に、涙が出そうになる。
(うん、お礼を言おう)
この遺跡を出て、2人に再会できたなら、必ず……。
でも、
(今日は、もう限界……)
フラッ
頭の中で何かが切れた感じがして、僕はパタンと床に倒れ込む。
もう、意識が保てない……。
……そのまま、暗闇の中へと落ちるように……僕は……。
……ぼ、く…………は……。
……………………。
………………。
…………。




